「実は近年、山田錦の生産者の方たちとお話をすると、品質が年々落ちているという心配の声を非常によく聞くようになっています。われわれも山田錦であれば何でもいいというわけではなく、酒造りに適した品質のものが必要です。それを大量に安定的に調達できるかどうかが酒造りの生命線と言っても過言ではありません」(安福社長)

 なぜ品質が年々落ちているのかというと、やはり「地球温暖化」の影響だという。今、世界的な気候変動の影響で、さまざまな農作物の「産地」まで変動している。そこで、農作物を原料に用いる酒造メーカーまで影響を受けているという。

「例えば、イギリス南部では近年になってフランスのシャンパーニュと肩を並べるほどの高品質なスパークリングワインが造られるようになりました。実はこれは地球温暖化の影響。イギリス南部の昼夜の気温が上昇して従来のシャンパーニュ地方と同じくらいになったことで、高品質のブドウの栽培が可能となりました。逆に冷涼だったシャンパーニュ地方は平均気温の上昇で、ブドウ品質の確保に懸念が生じています。同じことは日本でも起きていて、昔は北海道では酒造りは難しいとされていましたが、今はたくさん日本酒が造られて、老舗の酒蔵が北海道に移転するようにもなっています」(安福社長)

 つまり、神戸酒心館が「カーボンゼロ」に挑んだのは、地球環境を守るという壮大なビジョンが出発点ではなく、目指すべき「理想の酒造り」が近い将来できなくなってしまうのではないか、という強烈な危機意識からなのだ。

安福社長を突き動かした
「もう一つの危機感」

 そこに加えて、安福社長の決断の背を押したもう一つの「危機感」がある。それは「環境に配慮した酒造りをしなくては、世界で勝負できない」というものだ。

 実は今、日本酒という文化は衰退の危機に直面している。国内消費量は1973(昭和48)年度をピークに減少の一途をたどり、現在は3分の1以下まで落ち込んでいる。今後、「若者の間で純米酒が大人気!」という感じでブームが起きたとしても、人口が急速に減少していく日本では、縮小傾向に歯止めはかからない。酒造メーカーとしては生き残るためには、「世界」へ乗り込んでいくしかない。

「そうなると“サステナブルな酒造り”は避けては通れません。日本酒が世界で戦おうとすると、どうしてもワインと競うことになるのですが、ワイン市場では、自然環境を守りながら酒造りをするということはもはや常識で、それがブランド価値にもつながっている。日本酒もそのような戦い方をしなくてはいけないのは当然でしょう」(安福社長)