この世のありとあらゆる嘘を解体し、その功罪を明かす『ぼくらは嘘でつながっている。』という本があります。著者で元NHKディレクターでもある小説家の浅生鴨氏が、「多様性」や「ダイバーシティ&インクルージョン」みたいなことを実現するにあたって大切な考え方をお伝えします。(構成・撮影/編集部・今野良介)

嘘が「寛容さ」の表れになる

嘘を暴いて優位に立ちたい、勝利の気分を味わいたい気持ちもわかります。自分や社会に害を及ぼす嘘にはとことん対抗するべきです。

でも、日常で僕たちの出会う嘘はどうでもいい嘘ばかりなんですよね。恋人のつくった料理を「おいしい」というときくらい、不正直でもいいじゃないですか。

「うわあ、お寿司を食べるの何年ぶりだろう」
「いやそれ嘘だよね。だってあなた先月、コンビニのお寿司パック食べてたじゃない」

そうやって指摘する無意味さを考えてください。それよりは一緒になって嘘をつき、新たな協調関係や人間関係をつくるほうがおもしろいと僕は思っています。

「ほら見て、浅生鴨のサインもらった」
「えっ? あの作家きらいだって言ってなかったっけ?」

こんなこと、いちいち言う必要はないでしょう。まったくないでしょう。

悪意を持った嘘はよくない嘘ですが、それ以外の嘘は(もちろん場合によっては語り手に悪意がなくても結果的に害を及ぼすことはあるでしょうが)、基本的にはそれほど目くじらを立てる必要のない嘘です。

第一線で活躍されているコピーライター仲畑貴志さんによる「ホントのことを言うと、よく、しかられる。」という名コピーがあります。

これはまさにその通りだと思うのです。上手く嘘をつくことで協調したり対立を防げたりするのなら、たいていの場合、本当のことはあまり語らないほうがよいのです。

嘘は僕たちが人間関係を円滑に進めるために獲得した能力です。それぞれが持っている嘘を潤滑油として僕たちは互いに接し合っているのです。せっかくの能力を使わずに、剥き出しの世界をぶつけ合うのは、あまりいい結果にはならないでしょう。

嘘をつくとき、嘘をつかれるとき、その両方に必要なのは優しさです。互いにそっと潤滑油を差し出し、受け取るだけでいいのです。

最近は、嘘に対する風当たりがずいぶんと厳しくなったなあと感じています。意見が変わればすぐにダブルスタンダードだと非難をする人たちがいますし、話の中に少しでも嘘があれば徹底的に追求してやり玉に挙げる風潮も見られます。

けれども人間は嘘をつく生き物です。嘘をつくことで社会が上手く回っている面もあるのです。

「多様性」叫びたいなら恋人の作った料理にまずいはやめよう嘘が通じなさそうな生き物

お互いに嘘をつきながら、それをわかっていながらニッコリ笑って握手をするのが人間です。

何かに追い詰められ、困り果てた挙げ句につく嘘にこそ、その人の人間らしさが現れるのではないでしょうか。

嘘をつけない人間は、少なくとも他人と同じ世界を見ることはできません。恋人の、あまり上手ではない手料理を食べて「最高においしいよ」と言える人が、この世界を優しくしているのだと思います。(了)

浅生 鴨(あそう・かも)
1971年、兵庫県生まれ。作家、広告プランナー。出版社「ネコノス」創業者。早稲田大学第二文学部除籍。中学時代から1日1冊の読書を社会人になるまで続ける。ゲーム、音楽、イベント運営、IT、音響照明、映像制作、デザイン、広告など多業界を渡り歩く。31歳の時、バイクに乗っていた時に大型トラックと接触。三次救急で病院に運ばれ10日間意識不明で生死を彷徨う大事故に遭うが、一命を取りとめる。「あれから先はおまけの人生。死にそうになるのは淋しかったから、生きている間は楽しく過ごしたい」と話す。リハビリを経てNHKに入局。制作局のディレクターとして「週刊こどもニュース」「ハートネットTV」「NHKスペシャル」など、福祉・報道系の番組制作に多数携わる。広報局に異動し、2009年に開設したツイッター「@NHK_PR」が公式アカウントらしからぬ「ユルい」ツイートで人気を呼び、60万人以上のフォロワーを集め「中の人1号」として話題になる。2013年に初の短編小説「エビくん」を「群像」で発表。2014年NHKを退職。現在は執筆活動を中心に自社での出版・同人誌制作、広告やテレビ番組の企画・制作・演出などを手がける。著書に『伴走者』(講談社)、『アグニオン』(新潮社)、『だから僕は、ググらない。』(大和出版)、『どこでもない場所』『すべては一度きり』(以上、左右社)など多数。元ラグビー選手。福島の山を保有。声優としてドラマに参加。満席の日本青年館でライブ経験あり。キューバへ訪れた際にスパイ容疑をかけられ拘束。一時期油田を所有していた。座間から都内まで10時間近く徒歩で移動し打合せに遅刻。筒井康隆と岡崎体育とえび満月がわりと好き。2021年10月から短篇小説を週に2本「note」で発表する狂気の連載を続ける。