一方、イーロン少年にも苦手なことがあった。それは社会性の面と運動だった。

 イーロン少年は相手がどう思うかよりも、正しいかどうかを優先するところがあり、間違っていることを指摘せずにはいられなかったのだ。そのため、相手をいらだたせ、鬱陶しがられることも多かった。

 友だちはおらず、いつもひとりぼっちだった。弟でさえ、兄と遊ぼうとしなかった。「お兄ちゃんと遊ぶの楽しくないんだもん」というわけだ。何年もいじめを受けたのも、そうした特性が関係していたのだろうか。

 さらにイーロン少年を孤独にしたのは、両親の関係が悪化し、やがて離婚してしまったことだ。イーロンは最初母親と暮らしたが、そのとき、仕事で忙しい母親の代わりにイーロンの面倒を見てくれたのは祖母だった。学校の送り迎えも、ゲームの相手も祖母が務めたのだ。

 数年後、父親と暮らすことを選ぶことになる。しかし、父親も相当な変わり者だったらしく、イーロンが期待したような愛情や優しさが与えられることはあまりなかった。

 イーロンはやがて南アフリカを捨てて、アメリカを目指すが、父親と暮らしたころのことを振り返って、こう述べている。

「いいことがまったくなかったわけではないが、幸せではなかった。惨めというのかな。父は、人の人生を惨めにする特技の持ち主。それは確か。どんないい状況でも、ダメにしてしまう」

 高い知覚統合の能力をもってしても、父親から受けた愛情のない仕打ちを乗り越えることは、イーロン・マスクにとっても容易ではなかったということだろうか。

 しかし、その満たされない思いを、宇宙に対する野心へと昇華させたマスクは、大事業を着々と進めていくのである。