感性が「知」として蓄積されていく
東北大学工学部卒業後、デザインオフィスnendo、ヤマハ株式会社を経て、2013年にTAKT PROJECTを設立。
既存の枠組みを揺さぶる実験的な自主研究プロジェクトを行い、その成果をミラノデザインウィーク、デザインマイアミ、パリ装飾美術館、香港M+など国内外の美術館やデザインイベントで発表・招聘展示。
その研究成果を起点に、さまざまなクライアントとコラボレーション「別の可能性をつくる」多様なプロジェクトを具現化している。
2018年よりグッドデザイン賞審査委員。
Dezeen Award(英国)/Emerging designer of the year 2019受賞、DesignMiami/(スイス)/Swarovski Designers of the Future Award 2017受賞、iF賞、Red Dot賞、German Design賞、グッドデザイン賞など国内外の賞を多数受賞。作品は香港M+に収蔵されている。
このように言うと「それは反射では?」と考える人もいるかもしれませんが、それは違います。「熱いものを触って、とっさに手を引く」とか「食べ物を口に入れると、唾液が出る」といった反射における刺激と反応は一対であり、何度繰り返しても同じです。ところが、職人のような、あるいはスポーツ選手のような「無意識の身体的思考」には熟達があります。同じ行動を何度も重ねることで、対象や環境に対する知覚が発達し、最初は全く気づかなかった情報まで読み取れるようになっていく…。すると身体にインプットされる情報量は充実し続け、対象を捉える解像度は上がり続けます。そしてその結果、熟達していくのだと考えられます。
特別なプロの技に限らず、私たちが何か初めてのことに取り組もうとする時も、身体的思考が非常に大きな役割を果たします。例えば、初めて自転車に乗った時のことを思い出してみてください。言葉でどれほど乗り方を説明されても、実際に乗ってみなければ乗れるようにはなりません。最初はうまくバランスがとれず何度も転びますが、やがてコツをつかみ、スムーズに乗れるようになります。
陶芸の初心者にとっては、初めて触れる陶土もネチョネチョした得体の知れないものでしかないでしょう。いくら陶土を観察しても、そこから器に至る道筋はなかなか見えません。しかし、それを触り、格闘しているうちに、だんだんうまく扱えるようになっていきます。
これらは、まさに本連載のテーマである「未知へのアプローチ」の実例です。未知の領域には、そのまま脳にインプットできる形式化された情報がありません。だから、身体ごとそこに赴いて対峙し、何かを感じ、関係を結んでいかざるを得ないのです。
注目すべきは、未知から既知へのジャンプにおいて、人は単に「できなかった動作ができるようになる」だけではないことです。自転車の例なら「動きながらバランスをとること」、陶芸の例なら「土からかたちを生み出すこと」といった、事象そのものに対する理解こそ、確実に深まります。未知なるものの理解は、それに先立つ身体経験なしに獲得できないものだと言えます。