高度経済成長期に、建材として多くの建物で使用されたアスベスト(石綿)。肺がんや中皮腫など、健康被害の原因になることは知られているが、その影響は建設業や製造業の従事者、あるいはその関係者に限られたことだと思っている人も多いのではないだろうか。しかし、一般的なマンションに暮らす住民にとっても、アスベスト問題は無関係なことではない。(株式会社シーアイピー代表取締役・一級建築士 須藤桂一)
「万能」な素材だったアスベストが
引き起こした健康被害
アスベストとは、天然に産出する繊維状ケイ酸塩鉱物で、「石綿(いしわた、せきめん)」とも呼ばれている。非常に細い繊維の集合体で、木綿や羊毛のように糸や布に折ることができる。熱や摩擦、あるいは酸やアルカリなどの薬品にも強く、電気を通しにくいといった性質を持つため、幅広い分野で使用された。その用途は3000種にも及ぶといわれる。
特に、耐熱性や防音性、保湿性に優れている上、安価で加工しやすいことから、断熱材、防音材、保温材、吹き付け材、スレート材などのような建材として多用されてきた。
日本で使用されるアスベストは大半が輸入によるもので、日本は世界でも有数のアスベスト消費国といえる。高度経済成長期には、ビルの断熱・保熱などを目的にアスベストが大量に消費され、1970年から90年にかけて、年間30万トンという膨大な量のアスベストが輸入されていた。このうちの8割以上が建材に使用されたという。
ところが、この「万能」な素材であるアスベストが健康被害を引き起こす原因となることが判明した。アスベストの繊維は髪の毛の5000分の1程度と極めて細く、飛散すると空中を漂い、呼吸によって人体に取り込まれる。丈夫で変化しにくい性質のため、肺の組織内に長期間滞留し、15~40年の潜伏期間を経て、肺がんや中皮腫といった病気を引き起こすおそれがあるのだ。
アスベストによる健康被害は、アスベストを扱ってから長い年月を経て現れてくるものだ。アスベストが「静かな時限爆弾」と言われるゆえんである。たとえば、中皮腫は平均30~50年という長い潜伏期間の後に発症することが報告されている。現時点で根本治療は難しく、発症後5年以内に死亡するケースが多いという恐ろしい病気だ。
私は新卒で入社した会社のサラリーマン時代に、現場監督として多くの工事現場に足を運んでいた。屋根裏に断熱材を敷設する現場では、アスベスト繊維がキラキラと飛び散る密閉空間で、マスクもせずに断熱材を天井裏に貼り付けていた経験が少なからずあり、それからの年数を考えても、いつ発症してもおかしくない時期に来ている。アスベスト問題は、私自身にとっても他人事ではないのだ。