工事請負会社の言い値を見抜く
適正な工事を行うために必要なこととは?
このように、アスベストが検出されると、通常の工事よりもコストアップになるため、工事発注に際しては、これまで以上に予備費などを見込む必要が出てくる。気をつけたいのがこの工事費のコストアップである。基本的に工事請負会社とは随意契約となるので、競争原理が働かず、工事請負会社の言い値で工事費が決まってしまうケースがあるのだ。
以前私が相談を受けた、戸数が150戸のマンションの例では、事前調査の結果、壁から1箇所だけアスベストが検出され、工事請負会社から対策費用として1200万円の提示があったという。それが法外な金額であることは言うまでもない。
そこに設計監理者としてコンサルタントなどが入ると、事前に分析調査を依頼することで、万が一、アスベストが検出された場合の対策費用を見積もることができる。工事請負会社の選定時には、その費用も含む見積もりの提示を求めることになるため、見積もりに参加する工事請負会社間で競争原理が働くことになる。大規模修繕工事というマンションの“一大イベント”を無事に乗り切るために、管理組合はますますコンサルタントや専門家を上手に活用することが求められるだろう。
ただし、大規模修繕工事による健康被害については、居住者への影響は極めて少ないので、あまり過敏に反応していただきたくないというのが本音だ。アスベストに対する対策は、最もリスクのある現場作業員の安全確保が最大の目的なのである。
安全でローコストな大規模修繕工事を実施するために、管理組合としては、管理会社はもとより、一定の役員に任せきりでいてはいけないということは、この連載で何度も指摘してきた。今回のアスベスト対策の強化によって、区分所有者である組合員一人ひとりが、マンションの維持管理を自分自身の問題として、勉強や情報収集を怠らず、高い意識で取り組む必要が一段と高まったように思う。
余談だが、一番悔やまれるのは、アスベストによる健康被害について、先進国を中心に世界的に叫ばれていた1980~90年代に、我が国の対応が遅れたことだ。イギリスやドイツを例に見ると、日本と同様に、両国ともアスベストの多くを輸入に頼ってきた。そのピークは60~70年代で、中皮腫による死亡者が増加すると、80年代には早くも規制をかけ始めていた。90年には、日本のアスベスト輸入量約30万トンに対して、両国はともに1万トン以下にまで輸入量を減らしていたのだ。(※)
ちょうどその頃、日本はバブル崩壊で経済が低迷していたこともあり、安価で性能の高いアスベストを禁止できなかった行政の判断のミスが、今になって国民を苦しめることになってしまった。当時は今ほど情報化社会でもなく、我が国の行政もさまざまな問題に翻弄されていた時代だったとはいえ、その点が非常に残念でならない。