暗号解読の犠牲になった山本五十六

池上彰が語る「地味だけどすごく聞き上手、その人は“スパイ”かも」『世界史を変えたスパイたち』(日経BP)
池上 彰 著

 敵国の通信情報の傍受や暗号解析によって得たインテリジェンスをシギントと呼びます。このシギントによって命を落としたのが、日本の連合艦隊司令官で海軍大将だった山本五十六(やまもといそろく)です。

 1943年、前線基地を視察するためにラバウルからブーゲンビル島を経てバラレ島基地に赴く視察計画が暗号文で打電されましたが、アメリカ軍に傍受・解読され、視察経路と予定時刻が知られてしまい、ブーゲンビル島上空で撃墜されたのです。この事件は海軍甲事件と呼ばれます。

 どの国も軍の行動は暗号化された通信を使っていましたから、発信側は暗号を解読されないように、また傍受側はそれを解読できるように、互いに必死になって通信傍受・解読と暗号化に勤しんでいました。

 この時アメリカ軍は、自軍の戦闘機があらかじめ待ち構えていたことが日本側に知られると、日本軍の暗号がアメリカ側に解読されていることがわかってしまうと考えました。そこで「たまたまパトロール中の米軍機が山本の搭乗機と遭遇して撃墜した」と日本側に信じ込ませるため、翌日以降も、同じ場所をアメリカ軍の偵察機にパトロールさせていたそうです。

 また、アメリカは山本暗殺計画を立てる際、「もし山本を亡きものにしたらどうなるか」を検討したといいます。つまり、アメリカとしては山本五十六の戦術については十分研究を積んでいたので、山本を暗殺した後、山本より能力の高い人物が後継者になってしまうと困ると考え、後継者になりそうな人物は誰かを調べたというのです。その結果、「山本より優秀な人物である山口多聞(やまぐちたもん)という将校は既に死亡しており、山本以上の人物は存在しない」という情報を確認して、暗殺計画にゴーサインを出したといいます。当時のアメリカの情報力、いや諜報力を物語るエピソードです。