人生の6つの資源(リソース)

 精神科医で進化医学を研究するランドルフ・ネシーは、こころの不調に悩む患者がどこに問題を抱えているのかを知るために、人生を以下の6つの資源(リソース)に分類した。

① 収入(Income)食料、住居、お金などの物的リソース
② 能力(Ability)外見、健康、時間などを含む個人的なリソース
③ 職業(Occupation)収入とやりがいをもたらす仕事
④ 社交(Social)評価や承認を得られる人間関係
⑤ 愛情(Love)セックスを含む親密な関係
⑥ 子ども(Children)家族との関係

『幸福の「資本」論』でいうなら、①「収入」は金融資本に、②「能力」と③「職業」は人的資本に、④「社交」、⑤「愛情」、⑥「子ども」は社会資本に該当する。ネシーは人生においてわたしたちがなにを重視しているかを示したが、それが3つの資本にまとめられるのはある意味、当然のことだ。

 興味深いのは、ネシーが、人生とはこの6つの重要な価値の選択だと述べていることだ。なぜなら、わたしたちはきわめてきびしい資源制約を突きつけられているから。

 人生に無限の資源を投入できるなら、図17Aのように、すべての価値を均等に最大化することで幸福を実現できるだろう。しかし現実には、誰もがこのなかから、なにかを選び、なにかをあきらめなくてはならない。

人生の資源(リソース)は有限だ。「幸福の『資本』」のすべてを手に入れることはきわめて難しい

 Bは「キャリア集中型」で、自らの能力(人的資本)を仕事に投入して収入を得るとともに、職業的な成果を社会的な評価につなげている。だがここで資源は尽きてしまい、愛情(パートナー)や子どものために割く余裕はない。このタイプの多くは独身だろうが、たとえ結婚して子どもがいても、人生におけるその価値はほぼゼロだろう。

 Cはそれとは逆に「子ども中心型」で、能力はすべて子育てに投入され、仕事は収入を得るための必要悪で、社会的な評価は子育ての成果からもたらされる。教育ママが典型で、毎日凝った弁当をつくったりするが、すべての愛情は子どもに注がれるため、夫はたんなるATM(現金引出機)と思われているかもしれない。

 Dは「パーティ大好き型」で、社交を通じて愛情(セックス)を得るために能力の大半を注ぎ込んでいる。収入(お金)が大切なのはパーティを楽しむためだ。こうした人生に、家庭や子どもはなんの影響も与えない。

 これはいずれも極端なケースだが、わたしたちはみな、ある価値を重視し、別の価値を軽視することで、なんとか人生のバランスを保っている。生きるために死活的に重要なものと、どうでもいいものがあるのだ。

 ネシーによれば、精神的な不調は、重要な価値が毀損したときに起きる。キャリア集中型のビジネスパーソンが仕事に失敗して会社内での地位を失ったり、子ども中心型の母親に反抗した息子/娘が家を出ていってしまったり、パーティ大好き型が評判を大きく下げる失態を犯し、誰からも相手にされなくなったりしたときに、こころを病んで精神科病院を訪れるのだ。

 逆にいえば、キャリア集中型の男が妻から離婚を突きつけられたり、子ども中心型の母親(あるいはパーティ大好き型)がいきなり解雇されたとしても、心理的にはほとんど影響をもたらさない。その出来事は彼/彼女にとって、なんの価値もないのだから。

 人生の資源(リソース)は有限で、それをどこかに投入すれば別のところに割く資源がなくなってしまう。この資源制約によって、「幸福の『資本』」のすべてを手に入れることはきわめて難しい。

 わたしたちはみな「超充」の理想を追い求めているが、それは見果てぬ夢なのだ。

橘玲(たちばな・あきら)
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。