人間の情緒的でアナログな部分を
どうDXできるかがカギ

――なぜDXで量的改善ではなく、質的改善にフォーカスしなければならないのでしょうか。

 これまで日本企業は、従業員に対して経営方針に沿ったオペレーションをしておけばよかったのですが、今の従業員はそれだと満足しません。従業員がどれだけ充実した心理状態(エンゲージメント)か、それが「企業価値の最大化」と「働きがいの実現」につながります。

 その両方を考えないといけないため、非定型的な人的資本の質的改善が重要になるわけです。それこそがHR分野におけるDXの神髄です。

HR分野のDXで理想形に到達するための「二つの領域」と「二つの視点」あんざい・とみたろう/慶應義塾大学経済学部卒業後、日本IBMに入社。25年間所属し3年間の米国本社勤務を経て、デル法人企業日本代表、SAPジャパン代表取締役社長、アルテリア・ネットワークス代表取締役社長兼CEOを歴任。2020年より現職

 次に、二つの視点について整理します。基本的にITシステムとは、業務効率化という“企業視点”から見たシステムです。人事のIT化については、以前は人材採用、勤怠管理、人事給与、諸申請の手続きという量的改善だけを考えればよかった。

 しかし、タレントマネジメント、スキルの教育・研修、従業員のエンゲージメント、健康経営といった人的資本の質的改善に目を向けるとなると、従業員側の“個人視点”が入らなければ最適なシステムは出来上がりません。

 なぜなら、例えば適材適所といっても、従業員が本当にやりたい仕事ではなくてミスマッチが起こったり、週5日勤務の人と週3日勤務の人の評価をどう分けるか、産休・育休者は勤務時間が圧倒的に少なくなるため、その評価をどうするかといったことを考える必要があるからです。

 以上の二つの領域と二つの視点、これを満たさなければHR分野のDXは成り立ちません。

――その中で、御社のビジネスモデルも変わってきたのでしょうか。

 我々のサービスでは、これまで量的改善の領域はほぼすべてカバーしてきましたが、質的改善は一部にとどまっていました。人的資本については、日本ではようやく最近議論が始まったばかりですので、HR分野のDXはこれから本番を迎えるでしょう。市場としては面白い段階に入ったと考えています。

 昔は夜遅くまで働いたりしていましたが、今はそうではありません。従業員が仕事に価値を感じ、企業の存在意義を見いだすパーパス経営が求められています。

 人的資本の中でも従業員のエンゲージメントの割合がとても大きいので、個人の感情やキャリア志向といったデジタル化しにくい、人間の情緒的でアナログな部分をどうDXできるかがカギになります。そこに我々としてもビジネスチャンスを見いだしています。