人事担当は「労務のプロ」から
「起業家レベル」になるのが理想形
――海外のHRと比べて、日本が優れている点、遅れている点をお教えください。
海外のHRには、個人視点はほとんどありません。ただ、質的改善については日本よりも進んでいると思います。
欧米と日本の大きな違いは雇用形態です。日本はメンバーシップ型が主流で、大学卒業後に就職して何年かトレーニングを受けながらいろいろな仕事をこなし、やがて財務や営業などの職種を割り振られます。一方、海外は大卒でも採用時期が異なり、特定の職種に絞ったジョブ型が主流です。だから人事の考え方も異なりますが、そこに優劣はありません。
米国は、すでに自社の人的資本をかなり開示しています。日本では2022年に国から人的資本の可視化指針が示されましたが、米国はその2年前から人的資本の情報開示の法制化が進んでいました。日本はこれから人的資本の開示事例が増えていくでしょう。そういう意味で、非定型的な質的改善については欧米より少し遅れているかもしれません。
他にも外資系企業との違いがあります。日本人は真面目かつ勤勉で、世界でも称賛されるくらい礼儀正しいと位置づけられています。一方で、その結果として自己啓発、自律性、キャリアパスへの意識の度合いが他国と比べて極めて低いという弱点があります。
パーソル総合研究所のアジア太平洋地域14カ国・地域の主要都市における19年の調査によれば、日本は自己投資意欲の低さが際立つという結果が出ています。反対に意欲が高いのが、インド、ベトナム、インドネシア、フィリピンなどです。また米ギャラップの22年の調査では、世界の中でも日本企業の従業員のエンゲージメントが最下位クラスで、米国、カナダなどが高いという結果が出ています。
このデータだけを見ると、日本企業の従業員は自分の自律的なキャリアを考えたり、自己研さんしようという意欲が高くない。それはメンバーシップ型の中で、研修や教育といったかたちで補われているからとも推測されます。日本人の特性として、チームで戦っていこうという傾向が強いですから、個人の仕事に対する自律性が低いのかもしれません。
私としては、すべてジョブ型にしないとダメというわけではなく、メンバーシップ型とのミックスでいいと思います。私も学生時代は何になりたいかそこまで考えておらず、結果的に営業職を選びました。人生100年と考えると、50歳は真ん中でターニングポイントです。そのときに、企業人としてどこまで通用するようになっているかがカギです。
20代から50代のキャリアパスを描くのは難しい。30代で道を考えながら視野を広げて、40代である程度職種にこだわって視座を高める。そして50代でその職種で頑張ると決めるというステップを踏むなら、メンバーシップ型は意外と有効ではないかと思います。
――HR分野のDXはどうなるのが、理想形なのでしょうか。
理想形に到達するには、三つのステップがあります。
最初に、「HRテックを徹底的に利用すること」です。特に人材採用、勤怠管理、人事給与、諸申請の手続きといった定型的な量的改善は、市場にすでにたくさんのデジタルサービスが出回っています。その中からベストプラクティスなものをチョイスして、外部サービスに任せてしまうのがいいです。法改正などもそこで対応します。
次に、それによって「HR部門の生産性を上げること」です。私の体感として、日本企業の人事部の7割くらいが労務関係に時間を割き、人的資本については残り3割の時間でしか考えられていません。その比率を逆転させて、3割だけ労務関係に時間を充て、残り7割で人的資本について考えた方がいいです。量的改善から人事担当者を解放してあげることがHRのDXの肝です。
最後は、量的改善から解放された人事担当者がDXによって「労務のプロから起業家レベルへとトランスフォームすること」で、これが理想形です。人的資本について考える時間が増えれば、人事担当者もおのずと経営者思考になっていくでしょう。企業成長と顧客満足のためにどんな人材をどう配置すればいいのか。また、どうすれば従業員のエンゲージメントを高められるか。
こうしたことを考えられる、いわゆる起業家レベルのHR人材が日本企業には求められており、DXによってそれが実現できるはずです。