未来の可能性を可視化し、バックキャストする

――未来洞察活動とは、具体的にどのような活動ですか。

 技術や市場のリサーチから未来の兆しをすくい上げ、そこに想像力とデザイナー特有の「視覚化」「具現化」の能力を掛け合わせて20〜30年後の未来像を洞察しようというものです。未来を正しく予測するというより、未来に起こり得る可能性を探り、そこから次なる研究開発のテーマを見いだすのが目的です。

 社会の不確実性が高まると、過去の延長線上に未来を想定するのが難しくなります。長期的な未来像からバックキャスティング(逆算)してビジネスを構想しなければならないのです。しかし、各事業部は担当領域の専門家集団ですから、どうしてもこれまでの積み重ねを重視したフォアキャスト型の思考になりやすい。そこに「こんな未来になるかも?」と、私たちが横やりを入れ、まだ見ぬリスクやチャンスをあぶり出していくのです。

 興味・関心の幅が広く、感度も高いデザイナーがマクロな未来洞察を担い、特定の製品や事業領域にフォーカスしたミクロな未来洞察には事業部メンバーの知見を生かすという流れです。

――経営ビジョン作りなども手掛けているのでしょうか。

 創業100周年(21年)を機に発信した未来ビジョン作りには当研究所も参画しましたが、私たちにできるのはあくまで「洞察」であり、経営戦略の根拠にするのには蓋然性が足りません。今後、全社的な経営戦略にデザインを生かしていくとすれば、「確からしさ」をどう担保していくかが課題になると思います。

――統合デザイン研究所はどのような人材構成になっているのでしょうか。

 プロダクト、UI/UX、グラフィックなどのデザイナーを中心に、エンジニア、人間工学や情報工学の博士、1級建築士、MBAホルダーなども在籍しています。スキルセットもプロジェクトへの関わり方もさまざまですが、一人一人が「デザイナー兼研究者」という意識を持って活動しています。具体的な活動の事例は「三菱電機 デザインの仕事」というサイトでも紹介していますので、ぜひご覧ください。

研究者とデザイナー、2つの視点で100年先の未来を描くPhoto by ASAMI MAKURA

研究者として探究し、デザイナーとして具現化する

――モノのデザイン、ソリューション、事業創出、社会貢献など幅広いですね。社内公募型デザインプロジェクト「Design X」を起点としたものも多いようですが、どういう仕組みですか。

 デザイナーの自由な発想を社会課題解決に生かそうという目的で始まったもので、始まってもう11年目になります。「こんなことをやりたい」というアイデアさえあれば誰でも手を挙げることができ、承認されれば、予算と裁量権が与えられます。発案者はリーダーとしてチームのメンバーを自由に選定でき、上長も口出し禁止です。期間はひとまず半年ですが、成果次第で継続も可能です。

――アイデアを承認する際は、何を重視して評価するのでしょうか。

 実はあまり評価やジャッジはしない……というか、ほとんど却下しないんです。予算に限りはありますが、本人に熱意があればできるだけ承認しようというスタンスです。中には違和感のあるアイデアもありますが、むしろスッと納得できないアイデアにこそ期待する部分もあります。

――個人の思いをストレートに実践できる場があるのは、とても健全ですね。

 おかげで、組織の論理からは絶対に出てこないユニークな取り組みが数多く生まれています。自宅介護を経験したデザイナーが、介護者の負担を軽減する製品(食事介助用のチューブの洗浄機)の開発にチャレンジした事例などは象徴的です。視覚障がい者がスムーズに操作できるリモコン、聴覚障がい者とのコミュニケーションをサポートするアプリなどもここから生まれました。

 市場規模は小さくても、困りごととして切実な社会課題は世の中にあふれています。これらを丁寧に拾い上げるのもデザインの役割です。研究者として課題を徹底的に掘り下げること、デザイナーとして価値を形にすることの両方をミッションとして課しているのがポイントで、デザイナー自身が手を動かして、課題解決まで実践できる。ここに自主研究の意義があると考えています。