あえて逃げ道をなくして
自分で責任を負う

 計測機器が格段に進歩したことで、バットスイングも精密に計測できることとなった。その結果、「軌道をもう数センチ上げて、角度はこれぐらいが理想的なスイングだ」とひと目で理解できるようになった。

 けれども、何度も何度も試行錯誤を繰り返したあとに、自らの手で「軌道も角度も、これが自分の理想のスイングだ」と身につけたものと、単に与えられたデータをなぞることはまったく意味合いが異なるはずだ。

 自分の体験をもってデータを参考にすることと、なんの苦労もせずにデータだけを与えられることはまったく意味合いが異なるのだ。

 すべてのプレー、すべての練習において、頭を使うことだ。与えられたデータ、ベンチの指示に頼るだけでは、たとえ失敗したとしても責任の所在は他者にある。

 自ら逃げ道をなくして、責任を負わない限りは本当に大切なことは身につかない。他人任せでは、成功しても、失敗しても、自分のためにならない。

 それならば、成功も失敗も、どちらにしても自分の責任の下に結果が出たほうがわたしは嬉しい。

 逃げ道をなくして、責任を負う――。

 それこそが、自己成長において欠かせない大切なマインドではないだろうか? 他人任せではなく、あくまでも主体は自分にあるのだ。

成功の可能性を高めるプロセス

 スポーツとしては野球よりもサッカーのほうが好きだが、わたしの場合はサッカーよりも野球が得意だったのでこの世界を選択した。

 アマチュア時代も、プロに入ってからも、自分のまわりにいたのは「野球が大好きだ」という人たちばかりだった。

 けれども、わたしは割と早い段階から「好きと得意は違う」と感じていた。そして、「自分の能力を最大限に発揮できたほうが成功の確率は高まる」とも自覚していた。

 だから、プロ野球選手になるときにも、自分の意識のなかでは完全に“就職”という感覚だった。どの分野に行けば、自分の才能、能力を生かせるかと考えたときに、まずは「プロ野球の世界だろう」と考えた。