ざっくり計算は「役に立つ」し、「面白い」

 本当にそんなに簡単だったら、概算なんていっさいやる必要はない。グーグルで何回かクリックすれば、どんな問題の答えでも見つけられるだろう。ただし、1つだけ大事なことがある。

 ネットで6億匹と発表しているこの人は、どこからその数値を得たのだろう? 世界中を回って猫の全数調査をした人なんていないはずだ。6億匹という数値も概算値だ。

 確かに、厳密な調査とクロスチェックをして、僕よりも少しだけ科学的な方法ではじき出したのかもしれない。でもネットに出ているこの数値が、僕と同じく誰かが封筒の裏でざっくりと計算したものであるのは間違いないだろう。もしかしたら、何かの都合に合わせてでっち上げただけかもしれない。この数値が僕の答えよりも信用できると考える理由は、どこにもない。それどころか、僕の答えよりも信用できないかもしれない。

 ひとたびこうした統計値が世に出て、新聞に載ったりウェブサイトで取り上げられたりすると、それが「事実」になってしまう。そして何度も何度も引用されて、あっという間に出所が分からなくなってしまう。

 忘れないでほしい。どこかで発表されている統計値のほとんどは概算値で、その多くは封筒の裏ではじき出したのとそう変わらないということを。封筒の裏でざっと計算したところ、その結果が以前に発表されていた数値と大きく違ったからといって、それが間違っているとは限らない。むしろ、発表されている数値はもっと吟味する必要があるということになるのだ。

 数学は「正確」な学問で、答えは合っているか間違っているかのどちらかだと考えてしまいがちだ。確かに数学のかなりの部分は正確だ。

 でも日常生活で出合う数値の中には、単に議論の出発点にすぎないものもある。数値を問うどんな問題にも確定的な「正しい」答えがあると教え込まれてしまっていると、現実世界の数値は純粋な数学の答えよりもずっとあいまいだという事実に気づけないのだ。

 この本を書いているうちに、1つの矛盾に気づいた。一方では僕は、正確な数値よりもおおざっぱな数値のほうが役に立つし信頼できるのだと言いたい。でもそれと同時に、そのおおざっぱな数値を出すには、正確な計算をする方法を知っていることが欠かせない。たとえば掛け算の表といったものだ。日常生活で扱うぼんやりした数値は、はっきりした正確な数学に基づいているのだ。

 この本は4つの章に分かれている。第1章では、正確な数値は誤解を招きやすいということ、そして電卓に頼り切るのは良くないということを説明していく。第2章では、計算のテクニックと、封筒の裏での計算をしたい人には欠かせない基礎知識を取り上げる。小学校以来使う必要がなかったかもしれない計算のしかたを思い出してもらうとともに、君が一度も教わったことがないであろう便法も紹介する。

 残りの2つの章では、これらのテクニックを使って、日常的な数値換算から、環境保護のようなもっと重大な課題まで、いろんな問題に取り組む方法を説明する。そして最後に、フェルミ問題と呼ばれるものをいくつか取り上げる。ごく限られたデータからもっともらしい答えを導くという、一風変わった難しい問題だ。

 封筒の裏の数学は、生きていく上で大事なスキルだ。でも役に立つだけではない。面白くてわくわくするし、頭のトレーニングにもなるということで、はまる人も多いのだ。

(本原稿は『世界の猫はざっくり何匹? 頭のいい計算力が身につく「フェルミ推定」超入門』ロブ・イースタウェイ著、水谷淳訳の抜粋です)