新規と既存は切り分けなくていい
オプションを狭めることが大事

長内 トライ&エラーにより、オプションの範囲を狭めていけると捉えていいのでしょうか。

リクルート・島氏島雄輝(しま・ゆうき)
リクルート リクルート経営コンピタンス研究所コンピタンスマネジメント推進部部長。 リクルートに2007年入社。事業開発室のフリーマガジン『R25』編集部に配属。10年、Media Shakersに出向し、『R25』デジタル関連メディアの立ち上げやプロモーションに携わり、『R25』編集長、メディアプロデュース部長、営業部長、事業開発室長などを歴任。17年よりリクルート経営コンピタンス研究所に異動し、ナレッジマネジメントに携わる。20年より現職、リクルート横断のナレッジ共有イベント「FORUM」の責任者に。兼業でインフォグラフィックメディアZUNNYの代表を務める

 開発リソース、取得データといった、オプションの範囲を狭めていかなければ、結果的にマーケットで提供する時間が遅くなってしまったり、磨き込みにかけられるパワーが少なくなってしまいます。

 それでは良質の機能開発をできなくなるため、リソースの配分という意味で、「オプションの範囲を狭める」ことが大事だと思います。

長内 15年ほど前、アメリカの経営学会で「何がリアル・オプションではないか」という特集がありました。オプションの幅が広くなりすぎると、今度はオプションを選びきれない。だから、これはパスディペンデンシー(path dependency)に意思決定するしかなく、科学的に決められない。その意味で、オプションを絞り込むことがすごく重要だという話でした。

 何かを捨てる、過去のものから切り離す、というのは非常に大切だと思いますが、一方で、島さんのお話の中で「継続的で粘り強い改善も必要だ」とありました。

「切り捨てる」ことと「粘り強く継続する」ことは、どのような違いがありますか。

 これは積み上げ型の悪い部分ですが、意思決定を狭める要因になる一方、それが重なったときにオプションの増え過ぎという要因にもなりやすい。そのため、私の立場からすると、経験を知識化(ナレッジ)して汎用的・標準的なものにしたり、少し抽象化をするといったことがすごく大事です。そうすれば、マーケットの変化において既存のものを意味付けできると思います。

長内 メーカーの宇野さん、四家さんにお聞きしますが、そうしたときに、既存のものが弊害となることもあると思いますが、それを排除していく、あるいは、気にしないでいいようにしていくというのは、結構難しいことなのでしょうか。

宇野 「切り捨てる」ということが必ずしも正解ではないと思います。(講演でお話した)「既存事業の仕事をしない」というのは、「当面は」というつもりです。今では、既存事業のメンバーから、「新しいことをしたいから、イノベーションラボの方法を習いたい」という相談を受けます。そのため、新規と既存は明確に切り分けるものではないと思います。

長内 その境界線をどのあたりに引いていますか。

宇野 部所という空間的な境界線はもちろんありますが、最近は当社の中で仕事する上でも、「どんどん越境していこう」という考え方が広まっています。ある目的を達成するために越境が必要であれば、部所を越えていろいろなチームをつくっていくということが起きています。

コマツ・四家さん四家千佳史(しけ・ちかし)
コマツ執行役員スマートコンストラクション推進本部長 (兼)EARTHBRAIN代表取締役会長。1968年福島県生まれ、97年にBIGRENTAL(本社:福島県郡山市/建設機械レンタル業)を社員3人で創業。2008年、社員数700人までに成長した同社と、コマツレンタル(コマツ100%出資)が経営統合、同時に代表取締役社長に就任。15年1月にコマツ執行役員スマートコンストラクション推進本部長に就任、21年7月にEARTHBRAIN代表取締役会長に就任(兼務)、現在に至る

長内 コマツさんの場合はいかがでしょうか。コマツさんは、本当にハードが強い会社というイメージがあります。日本の建機メーカーの中で、エンジンなどのキーコンポーネントまで内製化しているのはコマツさんだけですよね。それだけハードが強い会社でありながら、新しい分野とのすみ分けといいますか、既存事業との関係性において、マネジメントがとても難しそうな気がします。

四家 スマートコンストラクションを始めた当時、「まずトップがどれだけ私をバックアップしてくれるか」という意識が非常に強かったんですね。

 しかし、経営トップは私に「コマツというものづくりの会社の中で、最初から出島のような形で動くのではなく、自分からどんどん巻き込まれていけ」と言いました。

 例えば、品質保証一つ取っても、100点満点でないと市場に出さないものもあれば、我々の新規事業のように10点ぐらいでも出していくものもあります。ですから、それを別々にするのではなく、私が品質保証部門の中に入っていき、どうすればもう一つのこれまでと異なる品質保証の軸を新しくつくれるのか。そういうふうに周囲に巻き込まれながら、社内で変革を起こしていくところからスタートしました。

長内 その「自分から」というところでいうと、やはり現場の一人一人の意思というか、意識が大切ということでしょうか。

四家 そうですね。とにかく顧客の現場に立ち、顧客の課題を見つけていく。そこには「顧客のために」という錦の御旗があったので、我々のやりたいことに最初から反対する人たちはいなかったです。