人生の伴侶として、成長していく楽器を作る

──エフェクターで多様な音色を出せる「エレクトリックバイオリン」は、さらに斬新ですね。

 クラシック練習用の「サイレントバイオリン」と仕組みは同じですが、こちらはギターアンプにつないでロックやポップスの演奏に使ってもらうことも想定したモデルです。ステージ用ですから、360度どこから見ても美しい形を追究しました。茶道の言葉「守・破・離」でいえば、アコースティックバイオリンが「守」、サイレントが「破」、エレクトリックは「離」といえるかもしれません。

ヤマハの楽器デザインに学ぶ、長期ビジョンとビジネスをつなぐ視点©Yamaha Corporation

──こうなると、どこまでが「バイオリン」と呼べるのか分からなくなってきます。

 そこが本当に面白いところです。楽器のアイデンティティーって、形状だけではなく、さらにいうと音色が全てということでもなく、それに人が加わった「演奏している様(さま)」に宿るのではないかと思います。バイオリンも床に寝かせて爪弾けばほぼ琴ですし、糸を張っただけの棒でも肩で構えて弓で弾けばバイオリンのたたずまいが現れる。つまり、楽器の本質は「奏でる」という行為によって決まります。名詞ではなく動詞でこそ捉えることが可能だと思います。

──プロダクトデザインには、一般的に「課題解決」というゴールがあります。楽器の場合はどうでしょうか。

 楽器は「PLAYの道具」なので、「USEの道具」とは課題の捉え方が違います。掃除機なら「部屋をきれいにする」という目的があり、ユーザーはそのための手間は少ない方がいいはずです。しかし楽器のプレーヤーはそうではありません。ピアノなら最初は簡単なフレーズが弾けるだけでうれしいけれど、和音を重ねて両手でメロディーを奏でられるようになり、足ペダルも駆使して、だんだん新しい曲、難しい曲に挑戦したくなる……。課題をクリアする過程そのものを楽しみながら、目的の方が常に上書きされていくのです。

 だからこそ、楽器のデザインでは、まず始める動機付け、つまり「その気にさせる」ことが大事になります。いかに「弾いてみたい」と思ってもらえるか。それから、ラーニングカーブの設計も重要ですね。最初から難し過ぎると挫折しちゃうし、簡単過ぎると飽きてしまう。飽きのこない、長く愛される魅力があって、あたかも人生の伴侶のように、プレーヤーと一緒に成長していけるのが理想です。

ヤマハの楽器デザインに学ぶ、長期ビジョンとビジネスをつなぐ視点Photo by YUMIKO ASAKURA

──一つの楽器が長く愛用され過ぎると、需要喚起のチャンスが損なわれませんか。

 そこは商品群全体でカバーできれば良いのではないでしょうか。普遍的なアコースティック楽器がある一方で、多機能な電子楽器や音響機器はテクノロジーの進化に伴って最新モデルが登場します。そもそも、プレーヤーは、一つ楽器を演奏できるようになると別の楽器に挑戦したくなるものです。

 ヤマハという企業が成熟するにつれて、楽器というものの本質に向き合うという大きなテーマの重要性が増しています。変えてはいけないところと、変えるべきところを迷いなく判断するために、私たちには今、「デザインの仕方をデザインする」必要があると考えています。