「スプリングバレーブルワリー」「麒麟淡麗<生>」「氷結」「キリンフリー」。これらはすべて、新たな市場を切り拓いて生まれたヒット商品だ。いかにしてこれまで世の中に存在しなかった市場をつくり、次々とヒットを飛ばすことができたのか? その秘訣が詰まった一冊が『商品はつくるな 市場をつくれ』である。本書ではキリンビールの商品開発プロジェクトリーダーを務めた和田徹氏が、そのノウハウを自身の失敗や挫折も含めた経験とともに、“24の技法”として惜しみなく語っている。
発売後まもなくして、江崎グリコのマーケター小林正典氏から賞賛が寄せられた。ポッキーの売上を5年で50億円のばした敏腕マーケターである小林氏は、本書を「マーケターのバイブル」と絶賛。
現役マーケターとして商品開発の最前線を率いる小林氏に、本書の読みどころについて聞いてきた。(取材・構成/小林友紀)

商品はつくるな 市場をつくれPhoto: Adobe Stock

商品づくりは、市場づくりの手段

――本書も小林さんの著書も、熾烈なマーケティングの世界でヒット商品を生み出すノウハウが詰まっています。全編を通じて非常に共通点が多いと感じましたが、なかでも小林さんが共感したポイントはどの辺りでしょうか。

小林正典(以下、小林):本のタイトルでもあり、和田さんが一貫して伝えている「商品をつくるな、市場をつくれ」というビジョンには、まさにその通りだと深い納得感がありました。私が抱いている問題意識そのもので、本屋で見かけて迷わず手に取りましたね。

 商品開発の世界では、お客様のインサイトが重要とよく言います。しかし、それはお客様自身がはっきりと認識しているものではありません。不都合や不便、あるいは「もっとこうなったらいいのに」と、何かしらのモヤモヤがあったとしても、それを言語化できているわけではない。あるいは認識すらしていないことがある。なぜかというと、多くの場合、すでに目の前の代替品で対処できていて、とりあえずは事足りているからです。

 ただ、そこに潜むモヤモヤの存在や正体を見抜くのがマーケターの腕の見せ所。「そうそう、これがほしかったのよ」と、その座を勝ち取る評価をもらえて初めて、商品づくりは成功したと言えるでしょう。

 市場ができるというのは、実はこの積み重ね。誰か1人の認識、行動、生活が変わり、それが1000万人集まれば市場になります。つまり結局、人なんです。人が持つ課題を解決することこそが目的で、商品開発はあくまで手段。私も常にそれを意識して、心掛けています。

マーケターに必須の「ガムの競合はスマホ」という視点

――次なる市場を打ち立てるという点で、競合商品の捉え方にも通ずる点があったように感じます。

小林:この本には「競合商品は過去のもの」とありましたが、そこも非常に共感したとともに、その表現にはなるほどと、畏れ多くも感心しました。市場分析はマーケティングの基本ですが、和田さんも本で仰っている通り、いわゆる同じ商材カテゴリーのライバル商品をウォッチするだけでは不十分です。

 例えば菓子業界のかつての例でいうと、ガムは、一時期に比べ売上減少が続く商品の一つです。どうしてでしょうか。

 以前はグミやフリスクといった、ポケットで持ち運べて隙間時間に気軽に楽しめる菓子類が、ガムの主たる競合でした。しかし「ポケットで持ち運べて」「隙間時間に楽しめる」という提供価値のど真ん中に、スマホという最強のライバルが現れたのです。それ以降、ガムは今日までスマホにその座を奪われ続けています。

 商品が真に戦う市場はどこか、同じカテゴリーの商材だけを観測していても正確に捉えることはできません。

 私がかつて担当していたポッキーで言えば、「チョコレート菓子」から「友達同士で集まったときの潤滑油」のように、価値の概念を拡大して捉え直す。そうすれば、これまでとは違った視点でも競合が見えてきます。お客様が満たしたい悩み、不安と付加価値を、他のカテゴリーも満たしている可能性はないか、徹底的に考えることが重要です。

インサイトを見抜く3つの視点

――本書では、まだ見ぬ未来の市場を探るための思考法も紹介されています。小林さんが日々の業務の中で実践されている方法があれば教えてください。

小林:これまで述べてきたように、ターゲットのインサイトを探り当てることは、市場づくりに不可欠な要素です。そのために、ターゲットの行動をhave・do・beの三階層で考えることを、チームでも実践しています。

「惣菜の素」を例に考えてみましょう。フライパンの中にその惣菜の素と具材を合わせると簡単に調味され料理が仕上がる商品です。その大きな価値は、クイックに料理ができること。価値を享受するターゲットとして子育て中のビジネスパーソンを例に、行動から心理を探ってみます。

 仕事帰りに子どもを保育園に迎えにいき、そのままスーパーに立ち寄る。そこで惣菜の素を買う(have)。そして手早く時短で1品料理をつくる(do)。問題はここからです。この方はhaveとdoを通じて、どうなりたい(be)のか。

 これはあくまでも一例ですが、こういう心理が想像できます。「どんなに忙しくても料理だけは手抜きをせず、自分の手で最後は仕上げて振る舞いたい」「仕事だけではなく家事・育児もしっかりこなしたい」など……。

 このbeをいかに精度高く見抜けるかが、商品づくりには大切です。もちろん、お客様が自ら「私は働きながら家事・育児もやっていたい」と言語化してくれるなんてことは、まずありません。それどころか、お客様本人すら意識していないことの方が多いでしょう。それを可能な限り正確に言い当てられるかどうかが、マーケターには求められます。

 その解像度を上げていくためには、観察・洞察・考察といったスキルに加えて、それが「なぜなのか?」「本当にそうなのか?」と問い続ける根気が必要です。本書ではこうした、日頃マーケターが意識しておくべき視点やトレーニング法について、非常に読みやすく解説されています。

 実際、私自身もマーケティングにおいて大切にしていることが、和田さんの違った表現で書かれていて、興味深かったです。

小林 正典
江崎グリコ株式会社
チョコレート・ビスケットマーケティング部 部長
【グリコ凄腕マーケターが絶賛】マーケティングに必須の視点が身につく、とっておきの一冊

1971年生まれ。1994年、江崎グリコに入社。9年間営業職に従事した後、マーケティング職へ異動。
3年後に「おつまみスナック」という新ジャンルを生み出す。
チョコレート部門に異動後は、売り上げが横ばいだった定番商品「ポッキー」の売り上げを5年間で50億円伸ばした他、数々のヒット商品を手掛けた。2013年にはチョコレートマーケティング部のカテゴリーマネジャーに就任し、2018年からはビスケットマーケティング部の同役職も兼務する。著書に『結果を出すのに必要なまわりを巻き込む技術』(ポプラ社/2016年10月刊)がある。