トレンドが激しく移り変わるいま、時代に左右されない「モノが売れる原理」が必要とされている。そんなマーケティングの「そもそも論」を徹底的に掘り下げたのが、博報堂やボストン コンサルティング グループで活躍してきた津田久資氏による最新刊『新マーケティング原論』だ。
「マーケティングを科学する第一歩」(冨山和彦氏)、「これこそ『クリティカルに考える』ということ」(デービッド・アトキンソン氏)など各氏の称賛を集める同書では、4Pや3C、ブルーオーシャン戦略や破壊的イノベーション戦略など、おなじみのツールや理論が「そもそもなぜ有効なのか?」という部分も含めて、きわめてわかりやすく解説されている。まさに「考えるマーケター」のための教科書だ。
本稿では、同書より一部を抜粋・編集し、「マーケティングの定義に対するよくある誤解」をご紹介する。

「定義なんて、仕事では役に立たない」という誤解の落とし穴・ワースト1Photo: Adobe Stock

「定義」なんて必要ですか?

 マーケティングの原理を体系づけていくうえで最も大事なのは、マーケティングの「定義」です。核がないことには、体系はできません。そして、定義こそが体系の核になります。

 ただし、どんな定義でもいいかというと、そうではありません。いくつかの条件をクリアしなければならないのです。そのあたりの話からはじめましょう。

 ところで、「マーケティングの定義について考えましょう」と言われて、正直どう思いましたか?「いちいち定義の話から入るなんて面倒くさそうだな……」というのが、ふつうの読者の感覚だと推察します。

 なぜそう感じてしまうのか? 要するに、みなさんは「定義なんて学んでも、実践ではなんの役にも立たない」と考えているからではないでしょうか(違っていたらごめんなさい)。

 ですが、それは大きな誤解です。「定義=役立たないもの」というのは、定義の本来の役割がしっかり認識されていないために生まれる勘違いなのです。筆者に言わせれば、定義ほど大事なもの、役に立つものはありません。なぜそう言えるのかを今回はお伝えしていくことにしましょう。

マーケティングの「いい定義」とはどんなものだろう?

 たいていのマーケティング入門書には、とりあえず「マーケティングの定義」が書かれているはずです。これまで何冊かを読んだ人は、どれか1つでも覚えているでしょうか? 覚えているという人はあまりいないと思います。

 おそらく、それらの本の筆者たち自身も、定義の必要性をさほど感じていないのでしょう。入門書としての体裁上、ひとまず「マーケティングとはなにか」には触れてはいるものの、そのあとの記述にとって不可欠な要素にはなっていません。つまり、定義だけで完結しており、ほかの論点とのつながりがよくわからないまま放置されてしまっているのです。こういう定義なら、たしかに読み飛ばしてもなんの不都合もありません。みなさんが覚えていないのも当然です。

 では、読むに値する「いい定義」とは、どういうものだと思いますか?
 みなさんなりにも「マーケティングの定義」を考えてみてください。

とるべき最適な「行動」が決まるデザインになっているか
──「自分の仕事」がわかっていないマーケターたち

 定義を考えるとき、みなさんもなんらかのポイントを意識していたはずです。

 たとえば、「モノを売り込むための活動」という定義が思い浮かんだとしましょう。たしかに、マーケティングが何かを「売り込む」ことに関係するのは間違いなさそうです。

 しかしそのあとで、「だけど、モノだけではなくサービスも含めたほうがいいかな……」とか「これだと『セールス』の定義と同じになってしまうかな?」などと考えるのではないでしょうか。こういう思考が生まれるということは、みなさんなりに「いい定義」の条件を(ぼんやりとではあれ)意識しているということです。

 まず、その名称がマーケティング(Marketing)である以上、マーケティングは「行動」であるはずです。

 だとすると、その定義もまた、「とるべき最適な行動」が決まるようにデザインされていることが望ましいでしょう。

 逆に、よくない定義、ダメな定義があるとすれば、それは「最適な行動の決定」に寄与しないものだと言えます。たとえば、上記の「マーケティング=モノを売り込むための活動」という定義が与えられても、おそらくほとんどのマーケターは、これをもとにして自分のとるべき行動を決定づけることができません。

 マーケティングの定義があいまいだということは、マーケターが自分の仕事をあいまいにしか理解できていないということです。やるべきことが明確になっていないマーケターは、いつのまにか思い込みにとらわれたり、その場の思いつきで選んだ行動に手を出してしまったりします。世のマーケティングの失敗要因は、ほぼこれだと言っていいでしょう。