ウェルビーイングトランスフォーメーション(WX)

 このように、ウェルビーイングを企業経営に組み込むためには五つの要諦がある。それらを組み込んだコンセプトおよびアプローチとして、我々は「ウェルビーイングトランスフォーメーション(WX)」を提唱している。WXは、ウェルビーイングを起点に顧客や従業員、社会といったさまざまなステークホルダーに社会価値と経済価値を創造し、持続的競争優位の獲得を目指す変革である。

 このWXは大きく、(1)「ウェルビーイング(幸福度)のビルドイン」、(2)「ウェルビーイング起点の企業への変革」、(3)「ウェルビーイング企業であることの表明」――の三つのプロセスで構成される。

(1)「ウェルビーイング(幸福度)のビルドイン」は、従業員向けWXと消費者向けWXの二つのWXにおいて必要である。これらは対象こそ異なるものの、端的に言うと幸福度調査・分析によるウェルビーイング状態の可視化、その結果を基にした施策の断捨離・精緻化等の計画・実行のことである。

 各WXの詳細については、次回以降の連載にて詳述する。ここではアプローチだけ簡単に触れると、両WXともに、まずは、幸福度を切り口とした調査を通じて従業員および顧客のウェルビーイング状態を可視化し、幸福度と各種財務指標やエンプロイーエクスペリエンス(EX)/CX指標との相関分析を実施する。次に、導出した定量的なデータをインプットとして、ワークショップ等を通じて既存施策の断捨離・精緻化、新規施策の策定を行い、KPIをきちんと定めたうえで、特に効果的と思われるセグメントから段階的に導入する。以上が、端的なWXの流れとなっている。

 企業は(1)により、従業員のウェルビーイング向上を通じた生産性/創造性向上等の経済価値、従業員の幸福度向上という社会価値を創出する状態になる。また、EXの高い/幸せな従業員の接客や商品・サービスを通じて、消費者のウェルビーイングを実現する土台も整うことになる。連載の第1回で言及した通り、幸せな消費者は「消費に積極的」「熱狂度が高い」等の特徴を有するため、LTV向上等の経済価値が期待できる。また、従業員と同様に消費者の幸福度の向上という点で社会的価値が創出される。このように従業員向け/消費者向けWXが両輪でうまく回り始め、相乗効果を生み出すことで、価値創出がさらに加速する。

 次に、(2)「ウェルビーイング起点の企業への変革」について説明するが、これは企業としてのパーパスやビジョン、戦略を策定・再定義する全社を対象としたWXのことであり、“幸福度ドリブン”である従業員向け/消費者向けWXとはレイヤーが異なる。具体的には、従業員向け/消費者向けWXが「戦術」レイヤーである一方、全社向けWXは「戦略」レイヤーの話なのである。

 WXの王道はパーパス・ビジョン・全社戦略の策定・再構築からのトップダウンでのアプローチではあるが、トップの求心力の高さやミドル~現場に求められる実行力などハードルも高くなるため、むやみに教科書通りにやるべきではない。ビジネス領域においてはウェルビーイングという概念がまだ新しいこともあり、早期の成功体験の創出(クイック・ウィン)が特に重要となる。比較的取り組みやすく、戦術レイヤーである従業員向け/消費者向けWXから着手することを推奨したい。

(3)「ウェルビーイング企業であることの表明」は、文字通りこれまでのウェルビーイングに係る取り組みや「Thought Leadership(ソートリーダーシップ)」を対外的に表明・発信することで、株主やパートナー企業等の各ステークホルダーに自社のウェルビーイングへの本気度を伝え、ブランディング向上を企図するものである。Thought Leadershipとは、特定の分野において、将来を先取りしたアイデアや解決策をいち早く発見し、それを示すことで議論を起こしたり人々の思想形成に寄与したりして、その分野における主導者となることを意味する。従業員に対する取り組みについては、人的資本情報の一部として開示することで、他社との差別化要素にもなりうるし、ウェルビーイングな企業であることが幅広く知られることで、採用力向上などの効果も見込まれる。この表明を行うタイミングに決まりはなく、例えば全社WXに着手する前であっても積極的に発信していく姿勢が重要となる。