もう一つ、特に経済人は、今や思い出すのも恥ずかしいかもしれないが、日本的経営にあっては永年勤続と企業への忠誠心が強みなのだと考えられていた時代の名残が現在の税制にあるのかもしれない。しかし、長期勤続へのインセンティブは今や人的資源配分の適正化に際して邪魔になり、忠誠心だと思っていたものが過剰な企業への依存心に見えて、今や企業は困っている。

 そもそも「勤続20年」を境とする区別以前に、退職金を税制上優遇する意味が全くない。

 制度の在り方としては、退職金に対する税制上の優遇を一切廃止して、これによって生じると計算される増税分を上回る減税を給与所得に対して行うべきではないだろうか。加えて、現在の経済環境にあっては、サラリーマンに対して増税の効果が生じないことを明確に打ち出す必要がある。

 世の中に「退職金」というものはなくてもいい。少なくとも、税制で後押しするような制度ではない。

正社員の流動化を本気で促進せよ
それに必要なものとは…

 さて、今回政府が退職金の税制を見直そうとしている意図は雇用の流動化を促進するためであった。

 果たして効果はあるのか?

 転職を促進する効果は「完全にゼロ」ではないかもしれないが、ほぼあるまい。加えて、勤続20年が関心の視野に入るような層の労働者の転職が増えることに、人的資源の配分上さしたる意味があるようにも思えない。

 雇用の流動化を促進して、人的資源の適正配分を達成しやすくするために必要なのは、「正社員の入れ替えをスムーズにすること」だ。

 転職する側から見ると、自分が就くべき職のポストに、潜在的なものも含めて空きがたくさんあるかないかが重要だ。また、雇う側から見ても、より有能な人材を雇った場合に不要になる人材を整理することができるかどうかが問題だ。これができなければ、人材の最適配置には時間が掛かりすぎる。

 ビジネスの世界では、時間が掛かることはしばしば価値の大半を失うことを意味する。つまり、日本の企業は制度的な要因によって人材配置を最適化できず、競争力に構造的なハンディキャップを負い続けることになる。

 必要なのは、正社員をクビにするフェアな手続きの整備だ。具体的には、正社員解雇の金銭解決のルールだ。会社の側から見ても、社員の側から見ても、コストが予測可能で、確実に実行されるルールが要る。付け加えると、非正規の労働者に対しても、条件を決めて同様のルールを適用するべきだろう。「正規・非正規の壁」はここから崩すべきだろう。

 株式を「買う」ことしか許されないのでは株式市場に十分な流動性が生じないのと同じで、人材を「雇う」ことしか許されない労働市場も市場として十分な機能を果たすことができない。

「新しい」以前に、そもそも労働市場では、「資本主義」が始まっていない。「主義」にこだわる必要はさらさらないが、人材の最適配置のための制度整備は喫緊に必要だ。