家族は一生費やして選ぶという行為を継続してくれている

田中 『あの日、選ばれなかった君へ』は、本当に素晴らしい構成になってて。企画メシのエピソードのあとに、最終章はご家族の話になって。最後そこに行くっていうのが、全然ビジネス書じゃないよね。

阿部 この本の第6章までは「仕事人間」というのも大げさですけど、ワーカホリックで、猪突猛進で、仕事を一生懸命やってるという側面もありつつも。一方で、24時間の使い方で、近くにいる人につらい思いをさせてしまったり、恋愛で非常に心苦しい展開があったりとか。仕事とプライベートの両立の仕方で、どうしていくと良いのかを書くのがやっぱりフェアだと思ったんです。仕事に「全力で頑張ろうぜ!」とだけ言うのはちょっと無責任な気がして。実際どうやってバランスを取っていくのか? という話を第7章でしたかったんですよね。

田中 この本でも出てくるけど、「仕事と私どっちが大事なの?」って必ず聞かれるのよね。俺、これのいい答えがあるの。みなさん、覚えてください。

「もちろん君だよ。だから、もう仕事を辞めてきた。明日から2人でパチンコ屋並ぼう」って言ったら、「仕事の方を大事にしてください」って、心を込めて切実に言ってもらえるから。

阿部 いつかもし聞かれた時に必ず思い出します。仕事もしなきゃいけないし、近くにいる人も大事にしたい。時間の使い方みたいなところは、今ひろのぶさんも経営をされていて、「この限られた24時間をどう使っていくか」というのは、きっと考えられてらっしゃるのかなとも思うんですよね。

田中 恋人や家族というのは、究極にあなたを選んでくれた人じゃない。場合によっては、家族は一生を費やして「選ぶ」という行為を継続してくれている。俺には娘がいるけど、娘だって本当に俺を選ばなければ縁を切って、「もうあの人は父親じゃない」って2度と会ってくれない可能性だってあるわけですよ。でも、いまだに毎日選んでくれているんだと思ってる。まずは基本の人間関係で、恋人なり家族に「選ばれている自分」を意識できなかったら、仕事も何も始まらないんじゃないかなと思うんですよね。

「仕事と私、どっちが大事なの?」に対する正しい答え方とは?田中泰延(たなか・ひろのぶ)
24年間電通でコピーライター・CMプランナーとして活動。2016年に退職、「青年失業家」と自称しフリーランスとしてインターネット上で執筆活動を開始。映画・文学・音楽・美術・写真・就職など硬軟幅広いテーマの文章で読者の熱狂的な支持を得る。2020年、出版社「ひろのぶと株式会社」を設立。著書に『読みたいことを、書けばいい。』『会って、話すこと。』(共にダイヤモンド社)がある。

阿部 お互いが選んでそこにいるという感覚を、今一度認識すると、また少し見える景色が変わるかなと。当たり前なところにこそ、非常に尊い何かがあるということを忘れずにいたいですね。

田中 阿部さんを見てさ、「家族をないがしろにする仕事人間」というふうには1ミリも見えへんよなぁ。優しいに決まってるやん。育休も取ったって本に書いてたけど、顔見たらわかる。取るに決まってるやんな!「育休顔」じゃないですか。

阿部 育休顔(笑)。仕事でがんばる時は誰しもあると思うんですが、自分の中でのバランスを取るために工夫できることは考え続けたいんですよね。僕は20代の頃、自分自身で「3年間で成果を出すんだ!」と期限を設けて没頭してコピーに取り組んでいたんです。

 今思えば、それは良かったなと思いつつ、ファミレスに行ってドリンクバーを頼んでうとうとしながら氷が溶けたアイスコーヒーを飲んでいたことが、健やかだったかというと……思い出としては美しいんですが、本当に良かったかと言うと、そうでもない気がしていて。

田中 そうね(笑)。武勇伝としてはいいけどね。

阿部 今はもっとみんなが健やかでいられる方法を模索していきたいし、その中で形にしていけるやり方を主宰する「企画でメシを食っていく」で伝えていきたいんですよね。仕事でへこむ瞬間もあるんですけど、でも、それが全てじゃなくて、いい時も長続きはしないかもしれないけど、悪い時もまたすぐ回復してくるというような、そんなことを心の中で持っています。

田中 今日も阿部さんとこうやって話せるってことは、選ばれなかった自分も、何かを得ているんですよね。阿部さんが本の中で書いているけど、あの日選ばれなかったことにもどこかで感謝できるはずだし、選ばれなかったからこそ諦めないことってあるからね。すごく感動したのは、阿部さんが最後に書いていた「動きはじめた君に不安は追いつけない」。そうやなぁと思ったね。『あの日、選ばれなかった君へ』の235ページに書いてあります(笑)。

阿部 ありがとうございます。

「仕事と私、どっちが大事なの?」に対する正しい答え方とは?阿部広太郎(あべ・こうたろう)
1986年3月7日生まれ。埼玉県出身。中学3年生からアメリカンフットボールをはじめ、高校・大学と計8年間続ける。2008年、慶應義塾大学経済学部を卒業し、電通入社。人事局に配属されるもクリエイティブ試験を突破し、入社2年目からコピーライターとして活動を開始。「今でしょ!」が話題になった東進ハイスクールのCM「生徒への檄文」篇の制作に携わる。作詞家として「向井太一」「円神-エンジン-」「さくらしめじ」に詞を提供。Superflyデビュー15周年記念ライブ“Get Back!!”の構成作家を務める。2015年から、連続講座「企画でメシを食っていく」を主宰。オンライン生放送学習コミュニティ「Schoo」では、2020年の「ベスト先生TOP5」にランクイン。「宣伝会議賞」中高生部門 審査員長。ベネッセコーポレーション「未来の学びデザイン 300人委員会」メンバー。「企画する人を世の中に増やしたい」という思いのもと、学びの場づくりに情熱を注ぐ。著書に『待っていても、はじまらない。ー潔く前に進め』(弘文堂)、『コピーライターじゃなくても知っておきたい 心をつかむ超言葉術』『あの日、選ばれなかった君へ 新しい自分に生まれ変わるための7枚のメモ』(ダイヤモンド社)、『それ、勝手な決めつけかもよ? だれかの正解にしばられない「解釈」の練習』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

田中 本当にそうなんだよね。悔しいこともあるけど、「いやいや。でも、まだこれあるんちゃうか?」と思ってやり始めている時は、悔しいのも含めていろんなことがどうでもいいもんね。

阿部 次に自分が追いかけるものを見つけて動き始めると、もどかしさは、自分には追いついてこれないと本当に思っています。落ち込む時もあるし、立ち止まる瞬間もあるんですけど、「次はどうする?」「次はこうしよう」と、思えるといいなと。

 この本のタイトルの「あの日」という言葉が結構重要なんです。誰しもある、過去にあった出来事を肯定できるかもしれないっていうところを伝えたくて。選ばれなかったことは誰にでもあるし、それが今も、これからも起こるかもしれないけど、「あの日」の出来事が、実は今の自分を助けてくれている。「あの日」選ばれなかったことがむしろ良かったかもしれない。

田中 そうそう、選ばれたことだけが偉いんだったら、もはや日本で幸せなのは、東大出て、MBA取ったやつとか、役人になったやつとかさ、総務省から天下ったやつとかだけになるじゃん。そうだとしたら、俺たちは全く選ばれてない。でも、どっこい生きてますからね。

阿部 この本では、そこにこそすごく意味があるということを伝えたくて。(後編に続く)