事業創出と人材維持で利点
シスコのスピンイン戦略

 シスコのスピンインでは、まず新製品や新市場を開拓するためにメンバーが親会社を離れ、半独立のスタートアップ企業として起業して、親会社はこれに出資します。新規事業が事前に合意した目標を達成すれば親会社によって買収され、親会社には成功した新規事業が注入されます。リスクを取って独立したスタートアップ経営者たちには、事業売却によって起業家的な利益が与えられます。しかし目標に達しなかった場合は、親会社はその事業を買収しません。

 親会社にとってスピンインの利点は、スタートアップとしてのスピード感を得られることです。『イノベーションのジレンマ』で言われた通り、成熟事業と新規事業を同時に考えることはできません。昼間は成熟産業の大規模なスケールするビジネスを“維持・保守”するような事業運営が求められ、夜、余った時間で頭を切り替えて新しい事業を考えるなどということはできないのです。

 しかも、新規事業は多くの場合、既存の成熟産業を何らかのかたちで破壊し得ます。同一メンバーが両方を同時にうまくいくように考えることは不可能です。既存事業の破壊を厭わず、後の自社の事業にプラスになることを進めるために、いったん組織の外に出してスタートアップとしての方法論を使うのが、スピンインの考え方です。

 スピンインには、優秀な社員を引き留められる利点もあります。シリコンバレーの企業の離職率は高く、1年で約15%、買収された企業では22%の社員が離職するといいます。チェンバースは「スピンインという仕組みがなければ辞めていたかもしれない社員が残ったのは、グループ傘下に残りながらリスクを取ることができ、成功したときのリワードも大きいからだ」とフィナンシャルタイムズのインタビューに答えています。

 スタートアップとして新事業を進めるスピンイン企業の側にも、親会社の既存資産を活用して、自分たちが本当にやらなくてはならないことだけに集中できるというメリットがあります。フィナンシャルタイムズの同じ記事では、シスコのスピンイン起業家たちが「親会社の顧客基盤や販売チャネル、製造拠点、サポート機能を利用できたことで、自分たちはマーケティングとエンジニアリングにフォーカスすることができた」と述べています。