そしてその具体的な目標は何でしょうか。ニューロンを守る、グリアを護る、といってもあまりに漠然としていてイメージがわかないかもしれません。

 特に悪い影響をもたらしていたのは脳の使い方の偏りです。

 脳には二相性があります。睡眠時と覚醒時の脳の働き方。この脳の二相性のバランスを取ることが重要なポイントになります(覚醒時にも二相性がありますが紙面の都合上割愛いたします)。

睡眠中にも脳は働いていた

 睡眠は、記憶の定着、脳の老廃物除去を行なうグリンパティック・システムの活性化、ニューロンの軸索を包むミエリンの形成などに重要な働きをしています。さらに哺乳類にとっての睡眠は、経験した記憶を定着させることによって他の個体との競争を有利にする利点があるのです。

 また、タンパク質は全て細胞内の小胞体という場所で適切に折りたたまれることによって働くことができるのですが、睡眠不足だとこのタンパク質の折りたたみがうまくいかないこともわかってきました。

 睡眠が不足すればグリンパティック・システムも十分に働きませんので、脳内には、古くなり異常な折りたたみになったタンパクが凝集・蓄積します。特にアミロイドβやタウタンパクの蓄積は、直接アルツハイマー病の危険因子となります。

 また、オリゴデンドロサイトによる軸索を保護するミエリンの合成も、夜間ニューロンの働きが低くなったところで活性化します。ミエリンが十分に合成されなければ、軸索は傷つき、それに伴ってまずオリゴデンドロサイトが死に、炎症反応が加速して、ニューロンも徐々に脱落していってしまうのです。

 脳という臓器の特徴、酸素も栄養分も大量に消費するための活性酸素や大量のタンパク合成の負荷、そして情報を長年にわたって保持するためにネットワークの変更を許容せず細胞の新陳代謝を最低限にしている点、これらは細胞の生存という視点で見れば弱点ということになります。

 睡眠は、脳という臓器が宿命的に抱え込んだこれらの弱点を補強し、その劣化・老化を最低限にするように働いているのです。全ての哺乳類が捕食者に捕らえられる大きなリスクを冒してまで睡眠にこだわるのは納得の理由があったわけです。