マニュアル化が奪う、思考力と考える習慣

 だが、ここで指摘したいのは、それとは別の弊害だ。それは、マニュアルに従って動くことばかり意識することで、自分で考えて動く姿勢が奪われ、創意工夫したり、試行錯誤したりする気持ちが薄れ、思考停止状態で機械的に仕事をこなすようになってしまうことである。

 懇切丁寧なマニュアルがあることで安心し、いつもの手順で対応すればいいということで、仕事がほぼ自動化していき、思考停止状態になっていく。これがマニュアル化に伴う二つめのリスクである。

 こうしてみると、熟練者でなくても一定の質の仕事ができるようにマニュアル化し、また無駄を省き効率重視に向かっている今の社会の動きは、思考停止を人々に強いているような気がしてならない。

 これからは、上司から言われた通りに動けばいい時代ではなくなっていく。自分で考えて動くようでないと困る。そう言われるようになって久しいのに、自分で考えて動けない指示待ち人間が多くて困るという声をよく耳にする。そこには非常に便利なマニュアルの存在が関係していると言わざるを得ない。

榎本博明『思考停止という病理』(平凡社新書)榎本博明『思考停止という病理』(平凡社新書)

 もちろんマニュアル化の効用も無視できない。不慣れな人も即戦力にするための強力な武器がマニュアルだ。経験を積むことで勘が働き適切な動きを取れるようになるものだが、マニュアル通りに動けば、取りあえずは無難に対処できるようになる。

 だが、その便利さが思考停止をもたらし、自分から動ける人材に育っていかないという問題が生じているのだ。

 仕事のマニュアル化により、決められた通りに動く人材を量産する方向に社会は動いている。経営者や管理職は、従業員たちに自ら考えて動くようになってほしいと思いながら、実際にはマニュアル通りに動くことを求めている。そこの矛盾に気づくべきだろう。そして、基本はマニュアルに則るにしても、個人の創意工夫の余地を与えるような何らかの仕組みを、職場ごとに考案していく必要がある。