万有引力のニュートン、実はバブルで大損していた『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。お金は魔法か幻想か? 第6回は、バブルや錬金術といった狂乱の歴史を紐解きつつ、その奥にあるお金の「もう一つの価値」に迫る。

ニュートン、やらかしてしまう

 貨幣と金融の歴史を振り返るなかで、主人公・財前孝史は投資部の先輩から「金は人間が人間にかけた魔法にすぎない」と告げられる。「金が金を生む」システム=金融が、その魔法の土台だという。その中核に位置する銀行を、初代主将の格言メモは「体裁の良い金貸し」だと言い切る。

 前回、都市国家アテナイやローマ帝国の銀貨の歴史を財前に説いた副主将の渡辺信隆は、大航海時代の覇者スペインのペソが人類史上初の世界通貨となったこと、そのペソも銀不足に悩まされたことをレクチャーした後、話題を錬金術に転じる。

 鉄や銅など卑金属から金を錬成しようと試みる錬金術は、長らく人類の夢だった。人類史上屈指の天才アイザック・ニュートンですら、この叶わぬ秘術に没頭したという。ちなみにニュートンは王立造幣局長官として贋金の摘発にらつ腕をふるった半面、「バブル」の語源となった南海泡沫事件(サウス・シー・バブル)で大損を被った投資家でもあり、意外とお金に縁の深い人物だ。

 フィジカルな金を創り出す錬金術の衰退と入れ替わるように発達したのが渡辺の言うところの「現代の錬金術」である金貸し=銀行だった。こちらの錬金術は、いわゆる信用創造を指す。銀行は原理上、受け入れている預金以上の金額の融資を実行できる。全預金者が一斉にお金を引き出すことはないし、融資したお金もすぐに全額が銀行から流出するとは限らないからだ。預金以外にも、マーケットで資金を調達するという手段もある。

 魔法の力を知るには、魔法が解ける瞬間を見るのが手っ取り早い。幸か不幸か、私たちはつい最近、それを目撃する機会を得た。今年3月に世界を騒がせたシリコンバレー銀行(SVB)など米国の銀行の連鎖破綻だ。SVBは「経営が危ない」という噂がネット上を駆け巡り、2日足らずで大量の預金流出によって破綻に追い込まれた。信用創造は「預金が一斉に引き出されることはない」という危うい前提を抱えている。

お金の魔法は「酔い」なのか?

 信用創造と並んで、現代の錬金術を支える魔法がフィアットマネー(不換通貨)だ。

 コインから紙幣へとお金の主役が変わっても、紙幣の価値を担保する裏付け資産として貴金属が控えている時代が長く続いた。金本位制や銀本位制は、「お金の正体は金や銀だが、普段は便利な引換券=銀行券で代替しておく」という建てつけだった。第二次大戦後のブレトンウッズ体制も「ドルはゴールドの裏付けを持つ」「他の通貨はドルとペッグ(固定)する」という、いわば二段階方式の金本位制だった。

 1971年のドルの金兌換停止で、世界はただの紙切れ、あるいは口座内のただのデータをお金として扱う時代に入った。この半世紀、お金の価値は「誰もがそれをお金として認めるだろう」という自己言及的な共同幻想に完全に依存している。

『インベスターZ』では「この魔法は解かれたら最後 すべての破滅につながる!」「この世がある限り、みんな魔法にかかり続けなくてはいけないんだ!」とこの共同幻想の危うさが強調される。これは、前述のSVBの破綻、あるいは2008年の金融危機を思い起こすと、一面の真理ではある。

 だが、私はこの魔法の持続力に、もっと明るい側面を見る。それは「我々は互いに似た存在であり、世界はこれからも回り続ける」という人間と社会全体への信頼感だ。

「相手もこれをお金として認めてくれる」と信じられるのは、人間同士、似たような価値観を持っていると信じているからだ。価値の保存手段であるお金を貯めよう、増やそうと人々が考えるのは、お金が通用する社会秩序が今後も保たれると信じているからだ。

 1年後に小惑星が衝突して地球が滅亡すると分かったら、その瞬間に紙幣は文字通り「紙くず」になるだろう。世界は回り続けると思うから、「天下の回りモノ」にも価値が生まれる。お金の魔法は、醒めてはいけない「酔い」ではなく、リアルな世界の手応えに支えられていると私は考える。