YCC(イールドカーブ・コントロール)の柔軟化を決定した植田和男日本銀行総裁。消費者物価上昇率が16カ月連続で目標の2%を上回る中、現在の金融政策は適切なのか。金融政策の対象は賃金ではなく物価であると吉川洋・東京大学名誉教授は語る。就任以降の植田和男・日本銀行総裁のかじ取りの評価を黒田東彦前総裁の異次元緩和の功罪とともに吉川氏に聞いた。(構成/ダイヤモンド編集部編集委員 竹田孝洋)
黒田日銀の異次元緩和に功なし
植田総裁は金融政策の正常化を
――黒田東彦前日銀総裁の10年間の異次元緩和の功罪について、どのようにお考えですか。
功に当たる部分は見つかりません。
金融政策を含め政策を決定する前に、日本経済が抱えている問題に対する判断、病気に例えれば診断、治療方針が必要です。診断の出発点はやはりバブル崩壊です。それから約30年間、日本経済は低迷しています。
最初の10年は、不良債権という重荷がのしかかっていました。不良債権問題が解決したといえるのは2003年5月のりそな銀行への公的資金投入です。その間、97~98年に不良債権が原因で金融機関の大型破綻が相次ぎました。このころから賃金が低下し始め、物価もデフレ基調になりました。
――異次元緩和の前提となる日本経済に対する判断は、正しかったのでしょうか。
2012年の総選挙で、当時野党の自民党総裁だった安倍晋三氏は、「日本経済の問題はマネーが供給されていないことにある。マネーを十分に供給していない日銀に責任がある」と強く批判しました。
総選挙は自民党が勝利し、第2次安倍政権が誕生したのが12年の年末。明けた13年1月に政府と日銀の共同声明が発表されました。その中で日銀は2%の物価上昇を実現することにコミットしました。
4月に黒田新総裁の下で「2年でマネーを2倍にして2%の物価上昇を実現する」という異次元緩和、いわゆる黒田バズーカが打ち出されました。その考え方はすでに触れたリフレです。不良債権処理が終了して10年近くたった12年時点でも、日本経済の問題の根源はデフレにあると認識していたわけです。
――デフレが、経済実態に悪影響を及ぼすことはないのですか。
デフレと言っても2種類あります。一つは劇性デフレ。世界恐慌時のような数年で物価が2分の1くらいになるデフレ。恐慌当時、日本も米国も産業に占める農業のシェアが大きかった。その農産物の価格は2分の1以下に下がりました。
こうした劇性デフレは、経済の実体面に大きな影響を与えます。不良債権が増加し、経営が怪しくなる銀行も出てきます。新規の融資が減少し、経済が悪化し、デフレが深化する悪循環になります。アービング・フィッシャーやケインズが主張していたことです。これは論をまたないことですし、私もその通りだと考えます。
日本の場合は、バブル崩壊がこれにあたります。資産価格が大幅に下落しました。これが経済に悪影響を与えたことは誰もが認めています。
一方、12~13年ごろのデフレはマイナス0%台前半です。この程度のデフレが実態面に悪影響を与えているという認識は正しくないと考えます。
YCCの柔軟化を決定した植田和男日銀総裁の金融政策のかじ取りをどう評価するか。金融政策正常化に向けた歩みはどうなるか。次ページ以降、吉川名誉教授が検証する。