与えられた制度の中で
いかに人材を育てていくか

 中野氏は、「シビリアンコントロール(※1)が原則なので、私たちは与えられた制度の中でやれることをやる。現状としては、私たちは制度の中で、いかに人材を確保し、育て、成長を維持していくかが課題であり、それこそがサイバーセキュリティ強化の要と考えている」と回答した。
※1 文民統制。政府の文民の指揮の下に軍隊の最高指揮官が置かれなければならないという近代国家の原則。

授業風景

 取材チームは南9号隊舎で授業中の教室を見学させてもらった。「システム・サイバー専修コース」3年生の専門課程であるプログラミングの授業だ。

 約30人の生徒たちは、ビット単位の論理演算を学習中で、教官の説明を聞きながら、手元のパソコンで、慎重に演算の数字を打ち込み、C言語の例題に取り組んでいた。

授業風景2

 取材チームからの「卒業後はサイバー専門部隊に入るのか?」という質問に対し、中野氏は「卒業後、一度はサイバー専門部隊に所属させるために教育しているが、これだけでは十分ではないので、さらに上級の『陸上自衛隊通信学校』でシステムボードの構築や、データやシステムの連携処理などの専門教育を受ける。また、部隊でも実務経験を積んでいく」と答える。

「その後、できれば、高等工科学校に戻ってきてもらい、学校の教育に貢献していただきたい。こうしたサイクルを作っていくことができればと考えている」と話す。

 国としてサイバーセキュリティの総合力が上がることが最終目的であるため、「学校を卒業し、部隊での経験を積んだ隊員が、民間企業へ移ることも想定している」とのことだ。

1000人から5年間で4000人へ
サイバー分野の人員を強化

 そもそも、なぜ3年生にこの「システム・サイバー専修コース」が新設されたのか?

 実はこうした専修コースの設置は、2018年に閣議決定された「防衛計画の大綱」(※2)や、2019年から2023年度までの「中期防衛力整備計画」(※3)に基づいたものだ。
​※2 参考:「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱について
※3 参考:「
防衛白書」 内「中期防衛力整備計画」内に「サイバー防衛隊などの体制の拡充」や「自衛隊の指揮通信システムやネットワークの抗堪性の向上」が明記されている。

レクチャー風景

 田原氏が「サイバーセキュリティ教育の難しさはどこか?」と問うと、「高校生レベルのサイバーセキュリティ教育はこれまで前例がなく、カリキュラムづくりや教材の選定に非常に苦心した。海外の例を参照しようとしても、そもそもの中学や高校の教育課程が違うため、なかなか参考にできるものはなかった」と、中野氏は苦労を語る。

「この分野の人材が不足しているため、2022年末に策定された防衛力整備計画では、現在のサイバー体制である1000人を、5年間で4000人に増やすという目標がある。そのため人材育成は要であり、各国の軍事力の進展の推移、世界の状況、趨勢、技術動向を踏まえ、真摯に取り組むのみだ」と同校校長の今井俊夫氏。

おふたり校長の今井俊夫氏(右)と副校長の竹田幸浩氏(左)

 専修コースは、「システム・サイバー専修コース」だけではない。今年度から「AI・ロボティクス専修コース」も新設したとのことだ。

 2022年にロシアがウクライナに軍事侵攻した。トルコ製の無人攻撃機「バイラクタルTB2」や、ウクライナ製の無人航空機「レレカ100」といったドローンの投入が今回の戦争で注目を浴びている。

 すでにその2年前の、旧ソ連の構成国であるアゼルバイジャン共和国内でのナゴルノカラバフ紛争でも、前述の「バイラクタルTB2」や、イスラエル製の自爆ドローン「ハーピー」が実戦に投入されている。

 アメリカでは、2018年に「無人システムの統合ロードマップ2017-2042」を発表。その中で、25年後にはさらに「高度な自律機能を備えた兵器」の出現が予告されている。

 日本において、将来のAI化・無人化された装備品の導入にあたり、ここでも保守・整備にかかる人材が不足するおそれが指摘されている。

レクチャー2

 自衛隊の幹部自衛官を養成する防衛大学などでは、電気・電子工学の科目として、「AI化・無人化」に関する教育が一部行われているものの、ロボティクスに焦点を当てた教育は実施されていなかった。

 2024年度から新設予定の「人工知能・ロボティクス専修コース」では、数学や物理学という土台となる基礎をしっかり学び、その上に、AIやロボティクスに関する基礎的な事項を合わせ、3年時の選択科目として合計300時間をかけて、未来のシステム開発や装備品の開発業務に従事できる生徒を育成する。