田原氏と斎藤氏Photo by HasegawaKoukou

早稲田の昔ながらの喫茶店にて、定期的に「田原カフェ」という対話会が催されている。ジャーナリストの田原総一朗氏が「一日マスター」となり、20代を中心とした約20〜30人の若者たち、そして、その回のテーマに応じて招いたゲストらと、対話を行うイベントだ。ゆるい「朝ナマ」のようでもあるが、重きを置いているのは議論ではなく、あくまで「対話」である。その場にいる参加者全員がある意味、パネリストであり、誰でも自由に発言できる。忖度(そんたく)のない若者ならではの意見や悩みも自由に飛び交う。17回目を数える今回は、ベストセラー『人新世の資本論』の著書で東京大学大学院総合文化研究科准教授の斎藤幸平氏を招き、「成長し続けなければいけないのか?―資本主義に踊らされる私たち―」というテーマで、「脱成長」と「コミュニズム」についての対話が行われた。その様子をレポートする。(モデレーター/田中渉悟、構成・文/奥田由意、編集/ダイヤモンド社編集委員 長谷川幸光)

「分配」の問題を避けるための話術として
「成長」というマジックワードが使われている

 会場には、田原カフェのリピーターや斎藤幸平氏の著作のファンも含め、10代〜30代の学生や社会人、約30人ほどが参加。会場である喫茶店「ぷらんたん」の2階は満席状態となった。

田原さん田原総一朗(たはら・そういちろう)
1934年、滋賀県生まれ。ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、岩波映画製作所や東京12チャンネル(現・テレビ東京)を経て、1977年からフリー。テレビ朝日系「朝まで生テレビ!」等でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。1998年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ「ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)」受賞。「朝まで生テレビ!」「激論!クロスファイア」の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数。近著に『さらば総理』(朝日新聞出版)、『人生は天国か、それとも地獄か』(佐藤優氏との共著、白秋社)など。2023年1月、Youtube「田原総一朗チャンネル」を開設。

 なぜ今、「脱成長」と「コミュニズム」を説くのか? 田原総一朗氏の質問に対し、斎藤氏がその背景を説明するところから始まった。

「産業革命以降の人類の経済活動が、地球環境への負荷を増やしていることは明らかであり、特に第2次世界大戦後の経済活動の急成長と、それに伴う環境負荷の飛躍的増大は『大加速』と呼ばれる」

「こうした地球環境の現状に鑑みれば、私たちが、これ以上、物理的に、より多くの資源を消費し、エネルギーを使って二酸化炭素を出す余地はもはやなく、持続可能なはずはない、という危機感がまずある」

 そして、政府は「成長と分配」をキーワードに掲げるが、「これは資本主義にとって都合がいい言い訳になっている」「分配の問題を避けるための話術として、成長というマジックワードを使っている」と斎藤氏は続けた。

 成長の話をすれば、われわれは分配の話をしなくて済む。全体のパイが大きくなるのだから、皆さんの生活も良くなりますよと言える。ところが、現状は、再分配が行われず、一部の人たちだけが、ますます富を独占する社会になっている。

 だとすれば私たちは、この地球環境の危機を前に、やはり分配をしっかり行う立場に立って、これ以上の成長をただひたすら求めるのではなく、「富を分かち合う」ことで、豊かな社会に移行していくべきではないかという主張だ。斎藤氏はこれを「コモンズの領域を拡大する」と表現する。「コモン」は「社会的に人々に共有され管理されるべき富」を意味し、「私有」でも「国有」でもない、こうした第3の形としての「共有財」を「コモンズ」と呼ぶ。

斎藤氏斎藤幸平(さいとう・こうへい)
1987年生まれ。東京大学准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx’s Ecosocialism:Capital,Nature,and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前に』堀之内出版)によって、「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受。45万部を超えるベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)は、「新書大賞2021」を受賞。「アジア・ブックアワード」で「イヤー・オブ・ザ・ブック」(一般書部門)に選ばれた。 Photo by HasegawaKoukou

 斎藤氏の著書『人新世の資本論』(集英社)は、2020年9月、新型コロナウイルスが猛威を振るう中で出版。「新書大賞2021」を受賞し、47万部のベストセラーとなった。

人新世」(ひとしんせい/じんしんせい)とは、人間たちの活動の痕跡が、地球の表面を覆い尽くす時代という意味で、ノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェン氏が名付けた。

「資本主義が生み出した人工物、つまり負荷や矛盾が地球を覆った時代」であり、「未来に向けた一筋の光を探り当てるために、資本について徹底的に分析した」本であると斎藤氏は本書で解説している。

 コロナ禍で、人々が家にこもり、仕事のしかたを変えざるを得なくなった時期、「会社員は、無駄な飲み会もなくなり、通勤の服も買わなくてよくなり、健康も取り戻し、自分の時間が増え、お金も使わなくなった。それは実はいいことなのではないかと思った人も多かっただろう」と斎藤氏。

 一方、エッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちは、過酷な環境で重労働を強いられたことに言及。

 そもそも、地球環境が破壊されているからこそ(※)、パンデミックも起こり、資本主義の帰結として、グローバルに拡大した。そのような現実を前に人々は、ひたすら成長を求める働き方や生き方を反省し、格差の拡大を顧みる契機となった。

※新型コロナウイルス感染症をはじめとする新興感染症は、土地利用の変化等に伴う生物多様性の損失や、気候変動等の地球環境の変化にも深く関係しているといわれている(参考:環境省「環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書」)

 行き過ぎた資本主義のために、格差や環境破壊が広がり、経済成長のために意味のないものをたくさん作り、長時間労働をしているのであれば、「そうではない社会でいいのでは、脱成長でいいのでは、と世論に訴えたことが、危機の時代にマッチして、多くの人々に受け入れられたのではないか」と、斎藤氏は同書がベストセラーになった理由を分析する。

「田原カフェ」運営代表であり、モデレーター役の田中渉悟氏は、カール・マルクスの思想と脱成長や環境問題を結びつけた点が、同書が画期的だとされている点であることを参加者たちに解説した。斎藤氏の著書を読んで「コミュニズムのイメージが変わった」という読者も多いという。

 そもそも、斎藤氏が、こうした提言をするに至ったのは、マルクスの晩年のノートを読み解いたことに始まる。