経済のグローバル化が進む中、日本企業においてCFO(最高財務責任者)の役割が急激に高まっています。専門性が高度化し、カバー範囲が広がり、業績に与える影響度が強まっているのです。求められる資質や能力は従来のOJTではとうてい習得できません。このことは周知の事実ですが、ではどうすれば良いかが明らかになっていません。そこで本連載では、この課題を解決するための1つのモデルを提示していきます。製造業を中心に上場企業3社や外資系日本法人などで通算25年超CFOの役割を務めてきた実務家の吉松加雄氏が、自身の経験と学究で得た知見を基に、「グローバル経営におけるCFOの役割とCFO人財の育成」について全6回の連載で提言していきます(毎週水曜日更新)。第3回目は、企業変革の要諦と、その実現においてCFOとその機能に期待される役割について論じていきます。

第3回 企業変革の要諦とCFO機能の役割吉松加雄(よしまつ・ますお)
CFOサポート 代表取締役CEO、前ブリヂストン 執行役専務グローバルCFO、元日本電産(現ニデック)取締役専務執行役員兼CFO/1982年三菱電機入社後、同社の英国、シンガポール、米国の現地法人で経理財務の責任者を務める。その後、ブリヂストン、日本電産(現ニデック)、エスエス製薬、外資系日本法人(サン・マイクロシステムズ、ベーリンガーインゲルハイム他)のCFO、財務責任者などを務める。米国金融専門誌 Institutional Investor のCFOランキング第1回~4回において、電子部品セクターのベストCFOに選出される。ホシザキ社外取締役、ミクシィ社外取締役を歴任する。東京都立大学大学院経営学研究科特任教授、京都先端科学大学客員教授を務める。2019年に経営コンサルティング会社の株式会社CFOサポートを設立。2023年2月より現職。
慶應義塾大学経済学部卒業。スタンフォード大学経営大学院修了(経営学修士)。マサチューセッツ工科大学(MIT)ブートキャンプ修了。

 ジョン・コッター教授の
「変革の8段階」

 企業変革の要諦とプロセスは、世界で認知度が高いハーバード・ビジネス・スクールのジョン・コッター教授が著したThe Heart of Change(邦訳『ジョン・コッターの企業変革ノート』、高遠裕子訳、日経BP社、2003年)の「大規模な変革を成功に導く八つの段階」(以下「変革の8段階」)を基にすることが最も効果的だと筆者は考えます。

 実は、日本電産(現ニデック。本連載では基本的に筆者が在籍していた当時の名称の日本電産で表します)において、リーマンショック対応の企業変革(WPR 1、後述します)が完了した後、社外の方からそのプロセスの類似性のコメントと共に、コッター教授の本論考を紹介されました。以降、同論を参考にして企業変革の研究を深めてきました。

「変革の8段階」と、連載2回目で言及したWPR2の「ASSETプロセス」と、各段階で期待されるCFO機能の役割を、図表3−1にまとめました。筆者が解釈した各段階の概要と、ASSETプロセスとCFO機能の役割の関係を、説明していきます。

第1段階:危機意識を高める

 変革推進の原動力となる危機意識を高めるため、直面する危機の影響について、定量的測定も含む分析を行ない、課題を抽出して、的確で効果的な可視化(見える化)を行ないます。それら分析結果と課題を経営陣と共有して、危機レベルに応じた危機感の醸成をはかります。ASSETの「分析(A)」に相当します。

 業績結果責任を担うCFOに、危機に直面した初期の段階に、危機対応の基本姿勢として推奨したいことがあります。「クライシスの渦中、一見管理不可能な状況にあっても『経営は結果がすべて』であり、困難な経営課題も自己責任で受け止め、最後まであきらめずに解決に挑む」という連載1回目に記述した姿勢です。

 変革推進の原動力となる危機意識を高める第1段階における、この確認は、プロジェクト完遂まで強い使命感を持って、困難に遭遇しても自身を鼓舞しながら変革を推進する、決意と信念につながります。「意識を変え、行動を変え、結果を変える」プロセスの「意識を変える」意識改革のスタートに相当します。

 コッター教授の「八段階を通して、もっとも難しいのは、行動を変えることである」、「行動を変えるには、分析の結果を示して理性に訴えるよりも、目に見える形で真実を示して感情に訴えることが重要だ」(『ジョン・コッターの企業変革ノート』)は、本質を捉えた至言だと思います。

「分析の結果を示して理性に訴えるよりも、目に見える形で真実を示して感情に訴える」は、CFOの手腕も問われる場面です。危機の影響について一定レベルの定量的な分析は必要です。しかし、的確なサマリー抜きに、分析の最も詳細なレベル、例えば数十行に亘る表計算のシートをそのまま経営陣と共有するのでは、非効率な「理性に訴える」試みにとどまってしまいます。

 分析結果や危機の影響を、端的に視覚に訴える効果的なグラフや図表を作成して共有できれば、「目に見える形で真実を示して感情に訴える」に近づきます。IR同様にオーディエンスの期待するテーマ、切り口、ロジック―などに即した、コミュニケーション内容と方法の試行錯誤になります。

第2段階:変革推進チームをつくる

 危機感が高まった機を逃さずに変革推進のクロスファンクショナルチームを組成します。CFOは中核メンバーとして参画し、第1段階の分析をベースに業績予測モデルを作成します。

 危機下では、時々刻々と状況が変化するため、シミュレーションの前提や与件の設定は難しくなりますが、3ケースから最大5ケースを目安に絞り込んだシミュレーション結果を提供します。ASSETの最初のS「予測(S)」に相当します。

第3段階:適切なビジョンをつくる

 この段階では、まず、「危機回避のため非連続ともなるハイレベルな数値目標の設定」をします。次に「ハイレベルな目標設定の必要性」と「その目標達成は可能である」という具体的で合理的な説明を経営陣が得心するまで行います。目標設定に際しては、第2段階のS「予測(S)」で行なった複数のシミュレーション結果に対応する、複数の具体的な「解決策(S)」の提案が求められます。ASSETの2番目のS「ソリューション(S)」に相当します。

 第2段階のシミュレーションと第3段階の解決策提案に際しては、それぞれ3ケースから最大5ケース提供することが効果的で効率的な意思決定につながるというのが、筆者の経験則です。

 筆者の失敗体験に基づく「シミュレーション」と「解決策提案」における典型的な失敗事例は、

(1)「過度に精緻なシミュレーションモデル作成」は、非効率になりやすい。精緻なモデルは、作成に時間を要する割に、危機下ではそもそも前提や変数に不確定な要素が多く、精度には限界が存在する。連載2回目で言及の通り「危機対応では、『精緻よりスピード』を旨として、分析やシミュレーションに過度の時間をかけ、判断と実行に遅滞を招かぬようにすることが大切」です。

(2)網羅性を意識して前提や変数を過多にすると、シミュレーション結果も過多となり議論の焦点が見失われ、発散してしまうリスクが生じる。

(3)熟考を重ねた末の「唯一」の解決策提案は、意思決定に至らない理由になりがち。
などで、いずれかに該当すると事態がひっ迫した危機対策会議の場で、一度で結論に至らないケースがあります。

 経営者は、企業変革の意思決定に際して、想定されるリスクとオポチュニティについて、あらゆる角度から検討します。提案が唯一の場合、精査の結果、要検討項目が検出され、一度で結論に至らないことが生じます。一方、シミュレーションと解決策提案のセット数が多くなり過ぎると、議論の焦点が定まらず、これも結論に到達しない傾向になります。

  CFOは、緊急対策会議などにおける、シミュレーション結果と解決策の複数セットの説明に加え、推奨案をあらかじめ決めておきます。経営陣へのひと通りの説明後にCFOの意見が問われますから、自らの業績結果責任に基づく、得心される推奨案の説明は、効率的なコンセンサス形成につながります。

第4段階:変革のビジョンを周知徹底する

 変革のビジョンや目標が浸透するように、周知徹底を期して啓蒙活動を展開します。トップのメッセージや目標値の一方向の伝達に終わり、消化不良や不満につながらないように、現場に寄り添い、双方向の丁寧なコミュニケーションにつとめます。

 直前の第3段階で経営陣向けに行なった、「ハイレベルな目標設定の必要性」と「その目標達成は可能である」ことを、この第4段階では従業員向けに得心されるまで伝えます。そのために、ナレッジマネジメントも目的にした変革プロジェクトのマニュアルを作成して、活用し、ベクトルを合わせながら浸透をはかることは効果的です。ASSETの「実行(E)」に相当します。以下第7段階までが、Eとなります。

第5段階:従業員の自発的な行動を促す

 効果的な啓蒙活動は、効果的な全従業員参加の「アクションアイデア出し」運動展開つながります。従業員からの提案、特に、従来と発想を変えた「聖域なき改善提案」は真摯に受けとめ、採否を含めた取り扱いについてフィードバックにつとめ、従業員の能動的な改革参加意欲の維持向上をはかります。

 提案と活動の事例を収集して、ベストプラクティスやベンチマーク情報として、随時マニュアルに掲載していくと、従業員の参加意識が高まり、モチベーションがあがり、相乗効果も現われ、変革がスピードを上げて進んでいきます。

第6段階:短期的な成果を生む

 大規模な変革プロジェクトの初期段階において、英語のQuick Win(クイック・ウィン)に相当する成果を生むことは、変革に弾みをつけ、変革の中だるみを防ぎます。そして、変革成功の予感と自信を高め、変革のスピードとモチベーションを上げていく推進力になります。

第7段階:さらに変革を進める

 変革プロジェクトは、成果を確認しながら、完遂まで緊張感を緩めずに推進を続けます。プロジェクト進捗を見極めて、目標の上方修正や達成期日の前倒しを行ない、変革推進を加速させていきます。この段階まで来ると、従業員の意識改革の進展も目に見えて確認できるようになります。

「意識を変え、行動を変え、結果を変える」プロセスにおいて、結果/成果から意識改革と行動変革が確認できるものです。

第8段階:変革を根づかせる

 変革プロジェクトが成功裏に完了すると、達成感と経営力向上の実感が湧いてきます。経営力と経営レベルの向上が確認できたら、経営は次のステージに向かいます。新たなビジョンの創造、中長期経営目標の上方修正― など、改革成功の勢いと時機を捉えた新たな経営施策が期待されます。ASSETの「業績反転・好転(T)」に相当します。