日本電産の企業変革②
主力製品の需要急減と構造改革
2つ目の企業変革の事例は、主力製品の需要急減に対応するものです。2012年度、上期終盤からの精密小型モーターや電子光学部品の需要低迷を受け、2012年10月の中間決算発表では、通期業績予想は、売上高は8%減、営業利益は16%減と各々下方修正されました。同時に、2010年4月に発表された「ビジョン2015」の目標売上高は2兆円から1兆2000億円に大幅な下方修正が行われました。これに伴い、以下で詳述するWPR2が発動され、新たな危機対応と変革が始まりました。
第1段階 危機意識を高める
11月になると更に事態は深刻化しました。タブレットPCの発売開始後半年でHDD非搭載PC群の市場浸透が想定を遥かに上回る速度で進行し、当時の日本電産の主力製品であるHDD用モーターの需要が激減します。
図表3−3は、主力製品の需要激減を受けたASSETプロセスの「分析(A)」と「シミュレーション(S)」をイメージ化したグラフです。表計算で100行を超えるような精緻な分析を「分析の結果を示して理性に訴える」に陥らぬように、的確に要約して「目に見える形で真実を示して感情に訴える」意図で、視覚と感情に訴えようとした試みです。
この分析とシミュレーションのグラフから、過剰となる設備能力(固定資産)と棚卸資産の評価減(減損)リスクが直感的に浮かび上がり、新たな危機感醸成が進みます。需要がピークアウトを続け、仮に中長期的に3割から4割減少すると、営業利益率3割レベルのキャッシュ・カウ製品でも赤字に転ずるという結果に、事業関係者を中心に衝撃が走りました。
これは、まさにコッター教授の「行動を変えるには、分析の結果を示して理性に訴えるよりも、目に見える形で真実を示して感情に訴えることが重要だ」に相当し、最高レベルの危機感醸成となりました。
翌年2013年1月のQ3決算発表の際には、通期の業績見込が再度下方修正され、前年10月の修正予想比売上高は4%減、営業利益は75%減とされました。特にQ4見込はリーマンショックでも経験のない大幅な営業赤字見込、通期純利益予想も前年比9割減となり、危機感はWPR1以上に高められました。
第2段階 変革推進チームを作る
WPR2のPMOを担った本社CFO機能は、クロスボーダーM&Aの進展〔米国エマソン・エレクトリック社のモーター事業(2010年度買収完了)、アンサルドとキネテック(2012年度買収完了)など〕に伴う欧米企業のへの対応も求められます。各事業本部と国内グループ会社傘下のCFO機能と連携したWPR2の推進母体が組成され、グローバルスタンダードを意識した異文化コミュニケーションをはかりながら、体系的かつ効率的にプロジェクトを推進していきます。
WPR2の推進方法に関して、本連載の今回3回目の冒頭に記述の通り、WPR1完了後にコッター教授の「変革の8段階」との出会いがあったことから、WPR2のPMOは、プロジェクト発足時点で「変革の8段階」に沿ったプロジェクト推進方法立案に腐心しました。
第3段階 適切なビジョンをつくる
WPR1の「ダブル・プロフィット・レシオ」に対して、WPR2は米国人幹部の発案による「World-class Performance Ratios (世界水準の業績達成の目標)」が採用されました。WPR2は、「100年後も成長を続ける企業集団への変革」をビジョンに掲げ、目標は以下の3点とされました。
(1)ビジネス・ポートフォリオの転換と拡大の推進:兆円企業への飽くなきこだわり
(2)連結営業利益率15%の達成:ASSETプロセスによる収益構造改革の断行
(3)キャッシュ創出力の強化による財務体質の改善:CCC(Cash Conversion Cycle:キャッシュ化速度)改善とCAPEX(資本的支出)管理強化によるFCF(フリー・キャッシュ・フロー)の極大化
目標には、P/L目標に加えて、資本コスト経営関連指標と、「キャッシュフロー経営再徹底」が織り込まれます。新規M&Aを視野にキャッシュ創出力向上と、FCF極大化に向けて、KPI(Key Performance Indicator: 重要業績評価指標)に新たにCCCが加えられ、CAPEX管理強化も打ち出されました。
第4段階 変革のビジョンを周知徹底する
WPR2は、買収後の統合(Post Merger Integration :PMI)推進中の欧米の会社に対して、経営理念や経営手法を伝える格好の機会ともなりました。WPR1の「WPRマニュアル」にWPR2の新規項目も追加した「改訂WPRマニュアル」英訳版も活用して、メールや電話会議のみならず現場・現実・現物の三現主義に基づくフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションにより、ASSETプロセスとCCC導入も徹底されました。
特に、WPR2では、米国会計基準による設備(固定資産)や在庫(棚卸資産)の評価減(減損)の金額確定が焦点のひとつとなりました。重要局面では、「任せて任せず」に従い、海外の現地任せにせず、社内・社外のコミュニケーション徹底を目的に本社CFO 機能から現地に赴き、社内会議に加えて現場視察と監査法人幹部との徹底確認を行ない、万全が期されました。
第5段階 従業員の自発的な行動を促す
WPR2では、WPR1未経験の欧米人幹部や従業員にも行動規範としての3Q6Sの浸透を図り、全員参加による改善のアイデアやアイテム出しと、「聖域なき」経費削減や改善提案が奨励されました。慎重な判断を要する構造改革のプロセスにおいて、MBA保有者やCPAも多い欧米人幹部と、グループ内で標準化・共通言語化された「ASSETプロセス」の手法を活用して、レベルと目線を合わせた積極的な議論が展開され、グローバル化の進展もみることになりました。
欧米人CFO幹部とは、共に業績結果責任を担うCFOとして、前述の「クライシスの渦中、一見管理不可能な状況にあっても『経営は結果がすべてであり、困難な経営課題も自己責任で受け止め、最後まであきらめずに解決に挑む』」姿勢の共有により使命感と連帯感の醸成に努めました。
WPR2の推進過程で欧米人幹部とのコミュニケーションを通じて確認できたことは、インテグリティ(真摯・高潔・誠実)を重視する価値観の重要性です。構造改革討議は、異文化環境において、国内より難しくなりがちですが、プロフェッショナルとしての相互尊重をベースとして、信頼関係醸成につながることを学びました。
第6段階 短期的な成果を生む
ASEETプロセスの手法を適用した想定モデルを、図表3-4を参照しながらプロセスに沿って見てみましょう。2012年度は主力製品の需要が激減するという事態に見舞われ、Q1から四半期を追うごとに販売台数、売上高が減少し、それに伴って収益性も急激に低下していきました。
前述の厳しいシミュレーション結果の共有は、コッター教授の「目に見える形で真実を示して感情に訴え」、「心に響く真実を示された時に人間は行動を変える」に相当すると判断され、危機克服のためハイレベルな利益目標とその達成の具体的な「解決策(S:ソリューション)」が決定されました。
その「実行(E)」により、「ターンアラウンド(T)」が実現します。売上高回復の停滞に関わらず、構造改革後の収益性の改革が進んだイメージが図表3-4に示されています。すなわち、2013年度のQ1からQ3の同レベルの売上高に対して、収益性は垂直的な向上/改革が進んだものです。
WPR2展開の時間軸を振り返ると、2012年11月に検討を開始した構造改革案は約2ヶ月で策定され、実行フェーズは2013年1月下旬から3月末までの3ヶ月足らずで完了。プロジェクト組成後わずか半年以内にASSETプロセスの5つの全プロセスを完遂という、WPR1同様のスピード経営により変革が実現されました。
第7段階 さらに変革を進める
WPR2により一段と危機耐性を高め、スピード感を高めた日本電産グループは、2013年度Q1から11四半期連続で営業増益、通期ベースでは2013年度から5期連続で増収増益を継続。2014年度にはWPR2のビジョンのひとつ「兆円企業への飽くなきこだわり」が実現され、通期初の売上高1兆円超、営業利益1000億円超が達成されました。
第8段階 変革を根づかせる
2014年度決算発表の2015年4月に発表した「ビジョン2020」の骨子は、
・2020年度の売上高は倍の2兆円、営業利益率15%を目標とする
・売上高成長1兆円の半分の5000億円は過去の実績も踏まえM&Aを前提とする
・資本コスト経営に関しては「財務規律を向上させながら、売上高純利益率、総資産回転率、財務レバレッジを三位一体で改善し、自己資本比率と安全性を高めながら、ROE目標を18%とする
・急増する海外M&AとPMIの万全な推進体制として「グローバル5極経営管理体制」を構築
とされました。M&AとPMIと、グローバル経営管理体制については、連載4回目以降で考察を進めます。
以上、筆者が在任中に携わった日本電産の2つの企業変革、WPR1とWPR2を考察してきました。これらを、連載2回目で示したサステナブル経営軸の観点から振り返ると、2つの変革はいずれも中長期の経営戦略の方向性と枠組みは変えずに半年以内に実現されました。連載2回目に掲載の「サステナブル経営軸」の図表3-5で見ると、「経営戦略」の中の「点線表示の企業変革」のイメージで実行されたものとなっています。
具体的には、WPR1では、売上高1兆円企業を目指し成長を続けていた2008年度のリーマンショックに対するWPR1の発動と、半年弱での業績のV字回復開始と四半期と通期の最高益更新。
WPR2では、米国エマソンのモーター事業の買収などにより再度売上高1兆円に挑んでいた時期の主要製品の需要の急激減に対するWPR2の発動と、半年弱での業績のV字回復開始です。
これらは、当時の経営戦略目標の売上高1兆円に対して、危機発生による経営環境激変に伴い目標達成時期の調整は必要になるものの、中長期の目標目線は変えない―という一貫した姿勢を示します。そして、危機対応の企業変革を最短時間で完遂し、中長期経営戦略軌道に即座に回帰させる臨機応変な経営、永守社長の卓越した経営力と指導力によるものと結論付けられると思います。