上場企業の「PBR1倍割れ」が取り沙汰されて久しい。企業価値向上が経営者の努めであることは論を俟たず、1を超えて事足れりではむろんない。では、何が問題か。どう対処すべきか。早稲田大学経営管理研究科の西山茂教授、デュポン元CFOの橋本勝則氏、オムロン元執行役員 グローバル理財本部長の大上高充氏と、当代きっての企業財務の論客が、CFO協会シニア・エグゼクティブの日置圭介氏のモデレートのもと、PBR1倍割れ問題を起点に、日本企業の構造的な経営課題、成長性を阻害する要因について語り合った。新規事業創出やM&A活用における桎梏、IRでの課題を分析し、それぞれの解決策を提示した前編に続いて、後編では、コングロマリット・ディスカウントへの対処から、効果的な事業整理の方法論、グローバル経営論、さらには日本全体としての事業再編の必要性へと広がった議論の詳細をお伝えする。(構成・文/奥田由意、撮影/加藤昌人)

企業としての
全体最適を目指す

日置 企業価値の関連で言うと、昔から、日本企業のコングロマリット・ディスカウントもしばしば議論されています。実際に、経営学者イゴール・アンゾフが定義したところのコングロマリット=非関連多角化企業が、日本にそんなにたくさんあるものなのかと、個人的には疑問もありますが、これをどう捉えるべきでしょうか。

西山 事業ドメインから離れた「飛び地」のところでは、そういう現象(コングロマリット・ディスカウント)が出てくると思います。セグメントで比較されると、単体でその事業をしている企業に比べて、コングロマリット企業ではそれほどリソースが割けないし、ある程度の規模にならないと事業の価値は業績数字として外部に出てこない。

 シナジーとして、プラスαのバリューが出ていないとしたら、その事業が企業グループの中にある意味がどのくらいあるのか、定期的に精査して、シナジーがあれば、徐々に事業の中核に取りこむ。一方で飛び地以上のものになりようがないなら、どこかでベストオーナーを見つけてエグジットするということを見極めたほうがいいと思います。

橋本 IRの中の価値創造ストーリーとして、もとになるビジネスポートフォリオについてしっかり説明がつけば、仮にディスカウントされている部分があっても、それをある程度はミニマイズする努力ができると思うのですが、ご指摘のシナジー的なところが企業サイドで語れないことが課題になると思います。

 ベースになるテクノロジーがあると、どうしても、現場ではあっちにもこっちにも活用したいところが出てきて、事業の数が増え、裾野が広がってしまうということがあるので、そこを経営の判断でどう見極めるか、です。

企業財務の論客が激論【後編】世界で戦うための事業整理・産業再編を促す橋本 勝則(はしもと かつのり) 東京都立大学大学院経営学研究科特任教授 慶應義塾大学商学部卒業、デラウェア大学修士課程修了(MBA)。1978年YKK入社。86年同社英国子会社の財務最高責任者(CFO)としてM&Aや欧州持株会社・欧州統括会社の設立を実行。90年デュポン経理部。米国デュポンの自動車関連事業部FP&A、持分法会社財務報告グロ-バルプロジェクトリーダー、内部監査マネジャーなどを経て、99年デュポン東京トレジャリーセンタートレジャラー。2002年同社取締役財務部長、13年同社取締役専務執行役員。14年同社取締役副社長に就任後は、ダウ・ケミカルとの合併・3社分割プロジェクトなどを率いた。20年より現職。21年東芝取締役。

日置 ディスカウントという観点からもうひとつ言うと、個人的には、日本企業は概してエンティティ(法人)ベースで、グローバル企業はファンクション(機能)ベースの組織体であるように見えます。

 日本企業は、法人格という「ハコ」=エンティティが好きで、「エンティティベース」で事業をまわす。子会社というエンティティ(法人)を一国一城的に扱い、個々に利益を追求させる。個社の集合体としての企業グループというイメージです。それによって、企業としての全体最適を目指していく上での責任の所在が曖昧になったり、個の事情が優先されて企業全体としてどうしていくべきかが見えにくくなったりする弊害がある。私はこれを「マネジメント・ディスカウント」と呼んでいます。

 対して欧・米のグローバル企業は、「グローバル全体でひとつの会社」とみなし、全体最適の視点からの組織像が先にあり、コーポレートやスタッフ、ビジネスの機能を配置していくという「ファンクションベース」の組織です。少し乱暴な言い方をすると、法人格は法律や制度上必要に応じて最低限の要件で設置するくらいの感覚かもしれません。

企業財務の論客が激論【後編】世界で戦うための事業整理・産業再編を促す日置 圭介 (ひおき けいすけ)
re-Designare LLC代表

南山大学経営学部卒業、英国立ウェールズ大学経営学修士課程修了(MBA)。2001年PwCコンサルティング入社。02年からIBMビジネスコンサルティングサービス、07年からデロイト トーマツ コンサルティング、20年からボストン コンサルティング グループ(BCG)。デロイトでは執行役員パートナー、BCGではパートナー&アソシエイトディレクターを務めた。メドレー社外取締役就任を機に、23年re-Designareを設立、代表就任。12年日本CFO協会主任研究委員、19年日本CHRO協会主任研究委員、23年より両協会シニア・エグゼクティブ。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科兼任講師。著書に、『ワールドクラス の経営』(共著、ダイヤモンド社、2020年)、『ファイナンス組織の新戦略』(編著、日本経済新聞出版社、2009年)がある。

 もちろん、彼らも最初からそのような組織体制であったわけでなく、日本企業同様にエンティティを重視していた時代もあったのでしょうが、グローバルという難しい環境下において、可能な限り最適に経営を回していこうと努力し、適応・進化させていった結果の姿なのだと思います。

 話は変わりますが、最近私は、企業のバウンダリー(境界)は、結局その企業としての価値観が共有できるかどうかで引くべきであり、どんな技術を持っていて、どんな領域で事業をしているのかは二の次ではないかと思っており、何をもってしてディスカウントの議論をするのか、より難しくなってきていると感じています。