知らされていなかった
全銀ネットのシステム障害
この日はスポーツの日が絡む3連休明けとなる10月10日。三星銀行の預金課長がやってきたのは開店直後だった。開店準備時は、重い車輪付きのキャビネットを何台も金庫から引っ張り出す。私はどの店でも、そんな力仕事を孤独に続けている。
「エジプトのピラミッドを造った人たちも、こんな気持ちだったのか…」
やさぐれた気分の時ほど、そんな気持ちになるものだった。腕まくりをしていたシャツを直し、背広の上着を羽織る。名刺ファイルから三星銀行のページを見て、課長の名前を確かめる。矢嶋課長だろうか?B応接のドアを開けるなり、私と同世代の中年男性が勢いよく立ちあがる。
「どうも、どうも、どうも!目黒課長、連休明けのお忙しいところにいきなり押しかけてすみません!」
胸の名札には「矢嶋」とある。どうやら間違いなさそうだ。この「どうも」をやたら意味なく繰り返すあいさつは、私の銀行でもたまに見かける。人によって「どーも」「どうもっ」「どうもどうも」など、さまざまだ。
その「どうも課長」が慌てふためいて言った。
「朝から参りましたよー。6時過ぎに支店長からの電話で起こされましたわ。やっと店外ATMのポスター貼りが終わったところです。こういうの、あんまり慣れてないものでして」
何を言ってるのか?
「『復旧のめどが立ってない』って言ってますからね。ちょっと厄介ですねえ」
「あ、あの、先ほどからなんのことでしょう?障害?」
「えっ?目黒さん、知らないんですか?」
「は、はい。知ってないとダメなことですか?」
「システム障害ですよ!」
「えっ?三星銀行さんが?」
「違います!全銀ネット(全国銀行資金決済ネットワーク)ですよ!」
「じゃあ、うちもヤバいじゃないですか」
「いや、御行、M銀行さんは今回の10行には含まれてません。影響はうちほどじゃないでしょう。本当に知らなかったんですか?あきれたなあ」
「すみません。では、うちと三星銀行の間の振り込みについては、お互いお客さんを誘導した方がいいかも知れませんね。異例なことがあったら連絡を取り合いましょう」
「さすが目黒課長、慣れてますねえ」
褒められて、ハッと気づいた。矢嶋課長は、よほどM銀行がシステム障害ばかり起こすという先入観を持っているらしい。本音なのか皮肉なのか。表情を見ると悪気はないようだ。彼が帰ると吉川課長代理が、全銀ネットがホームページに掲げた速報をプリントアウトして見せてくれた。
全銀ネットワークに障害が発生、リストにある10行は他行宛て振り込みができず、リストにない銀行、つまり当行もリスト行宛ての振り込みができないとある。いつもそうだが、我がM銀行はこういう大事な情報が全く伝わってこない。拙著『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』にも記したが、3つの銀行がM銀行として統合することを、我々行員はNHKのニュースで初めて知った。2017年の1万人以上の人員削減計画も、当時の社長が取材の際に発言し、我々行員はその報道で知ったのだ。
「あー、よかったー。うちが入ってなくて」
吉川代理が言う。
「よかったじゃないぜ。うちから三星銀行宛ての振り込みは毎日かなりの件数あるはずだ。それができないってことは…」
「大変ですね」
「このこと分かってんのかなあ、皆は」
「本部から何も連絡ないじゃないですか」
「いつものことだけどさ。まずは窓口で、このリストにある銀行宛てに振り込みはできないって説明しなきゃ」
「ATMはどうします?一人ひとりに声をかけますか?」
「やるしかないな。すぐにロビー担当へ指示してくれないか」
間もなく本部からメールが届いた。内容は全銀ネットのホームページで知った内容と同じだ。リスト対象行への振り込みは受け付けてもいいが、いつ受取人に着金するかは分からないことを必ず了承してもらうこと。それだけの内容だった。急いで本部の発信元に電話したが、つながらない。質問はメールにて受け付けるとあるが、返信はいつになることやら。