美術館に行っても「きれい!」「すごい!」「ヤバい!」という感想しかでてこない。でも、いつか美術をもっと楽しめるようになりたい。海外の美術館にも足を運んで、有名な絵画を鑑賞したい! そんなふうに思ったことはないでしょうか? この記事では、書籍『死ぬまでに観に行きたい世界の有名美術を1冊でめぐる旅』から、ご指名殺到の美術旅行添乗員、山上やすお氏の解説で「知っておきたい名画の見方」から「誰かに話したくなる興味深いエピソード」まで、わかりやすく紹介します。

自画像 フィンセント・ファン・ゴッホ『死ぬまでに観に行きたい世界の有名美術を1冊でめぐる旅』より

ゴッホの描く絵は、何が「すごい」のか?

──うわっ! 出たっ! ゴッホ!!

そういう反応を見ると本当にゴッホは偉大なんだなと思いますよ(笑)。

もしかしたら世界で最も知られた画家かもしれませんね。

さて、こちらはゴッホの「自画像」です。

ゴッホは自画像をずいぶんたくさん描いた画家としても知られていますが、だいたい何枚くらい描いたか知ってますか?

──たくさん…。そうですね、100枚くらいですか?

いや、37枚ですけど…。だからこういうのは少なく見積もって答えるんですってば!(笑)

──大人のルールを忘れてました(笑)。でも37枚もやっぱり多いですよね? どうしてそんなにたくさん自画像を描いたんでしょう?

うーん、いくつか理由はあるようですが、まずわかりやすい理由は「モデルを雇うお金がなかった」からです。

ゴッホは生前1枚しか絵が売れなかったくらいに金銭的に困窮していました。

まぁ弟のテオが生活費は出してくれたんですが、モデルを雇えるほどではなかったんでしょう。

──え、むしろ奇跡的に売れた1枚がめっちゃ気になるんですが…。

確かに(笑)。この絵ですよ。

赤い葡萄畑 フィンセント・ファン・ゴッホ『死ぬまでに観に行きたい世界の有名美術を1冊でめぐる旅』より

「赤い葡萄畑」という作品で、ゴッホの友人の姉によって購入されました。400フラン(十数万円)で売れたとのことです(日本円への換算は諸説あり)。

──おお。これが生前唯一売れた1枚…。ある意味貴重ですね。で、他に自画像を描いた理由はなんなんですか?

それも簡単な理由で、「自分の肖像をうまく表現できたら、他の人々の肖像も描けると思うから」だそうです。

だからゴッホ的に言うと自画像をたくさん描いたことにそう大した意味があるわけじゃなさそうです。

──えー。なんだ、つまんないの(笑)。

って思うでしょ? でもね、やっぱりここがゴッホのすごいところで、全く意味のない自画像にすらゴッホが反映されているんです。

例えば下にある自画像をご覧いただいて、ゴッホの精神状況を当ててみてください。

1887年夏 フィンセント・ファン・ゴッホ『死ぬまでに観に行きたい世界の有名美術を1冊でめぐる旅』より

──う~ん…。顔はむすっとしているけど描き方は丁寧だから結構安定しているのかなぁ。

そうですね! これはパリで友人たちに囲まれて暮らしている頃の自画像です。

まぁそれならもっと優しい顔をしていてもよさそうなもんですけどね。では、こちらの下にある自画像はいかがですか?

包帯をしてパイプをくわえた自画像 フィンセント・ファン・ゴッホ『死ぬまでに観に行きたい世界の有名美術を1冊でめぐる旅』より

──う~ん、これも割と落ち着いているようですね。パイプをふかして落ち着いているのかな?

ありがとうございます! 落ち着いているんですが、耳に包帯を巻いていることがわかりますね?

つまり耳を切り落とした後の精神科病院での安静です。そう思うと少し生気がないように見えると思うんですよね。

そして、この自画像はどうですか?

自画像 フィンセント・ファン・ゴッホ『死ぬまでに観に行きたい世界の有名美術を1冊でめぐる旅』より

──これは…。なんだかすごいですね。表情も思い詰めているようですし、周りのオーラみたいなものも禍々しくてヤバいやつじゃないですか?(汗)

大正解! この絵は自殺する数か月前に描かれたものなんです。

つまり、特別意図して描いたわけではない絵にすら、ゴッホの心情が宿っているということです。

って、まあ結構誘導してしまった気はしますけどね(笑)。

あと、もう一つ面白いのが、ゴッホのこの自画像のうねうねしている背景があるじゃないですか?

自画像がなくて背景のうねうねだけでもゴッホの心情がわかると思いませんか?

──え? どういうことですか?

このうねうねした背景を見て「ゴッホは嬉しかったのかなぁ?」「楽しかったのかなぁ?」って思う人はいないと思うんです。やっぱり何か禍々しいものを感じると思うんですよ。

つまり、ゴッホの作品は、彼の顔があろうがなかろうが全て彼の自画像のようなものなんですよ!

──へえ~! 確かに! そう思うとゴーギャンを待っているときの「ひまわり」もめっちゃ自画像でした。

でしょ? こうしてゴッホは絵を通して私たちに語り掛けてくるわけです。

(本記事は山上やすお著『死ぬまでに観に行きたい世界の有名美術を1冊でめぐる旅』から一部を抜粋・改変したものです)