イスラエルのスパイ・モサブとハマスのリーダーである父親のその後とは?
スパイとして多くのテロリストやその指導者の逮捕に協力したモサブは2007年、別の人生を求めてアメリカに向かった(出国が許されたこと自体、きわめて異例だった)。
渡米後、モサブはキリスト教徒であることを明らかにし、2010年3月に自伝『ハマスの息子』を出版したが、そのなかの記述が「米国指定テロ組織にかかわった」と解釈されたため、政治亡命申請を拒否されただけでなく、米国からの国外追放を通告される事態に陥った。
支援者たちは、モサブがヨルダン川西岸に強制送還されればハマスによって処刑されると訴えたが、こうした弁明は受け入れられず、訴訟は強制送還の段階へと進められた。
ところが6月24日、シン・ベットのハンドラーである暗号名「ロアイ」ことゴネン・ベン・イツハクが突然、サンディエゴの裁判所に現われ、モサブを「真の友人」と述べ、「暴力を防ぐために毎日命を危険にさらしていた」と証言した。シン・ベットの諜報員が身分を明かすのは「異例中の異例」で、この“友情”によってモサブは国外退去を免れた。
2014年にはドキュメンタリー映画『グリーン・プリンス』が製作され、サンダンス映画祭でドキュメンタリー部門の観客賞を受賞した。モサブは現在も、パレスチナの同胞に向かって、憎悪と暴力ではなにも解決しないと訴えている。
モサブの父ハッサンは、『ハマスの息子』が発売される前日、「“モサブ”という名の、かつての私の長男と縁を切った」と、手紙で公表した。ハッサンはハマスのリーダーとしてその後も逮捕と釈放を繰り返し、10月のハマスによるテロによってふたたび逮捕され現在は収監中だ。
モサブの窮地を救ったゴネン・ベン・イツハク(ロアイ)はその後、ネタニヤフを批判する社会運動家となり、“Crime Minister(犯罪大臣)”という抗議団体の創設者の1人となった。2008年に抗議行動中に逮捕され、20年にもデモ隊への放水を止めようとしたとして逮捕・起訴された。同年、イスラエルの日刊紙から「イスラエルでもっとも影響力のある100人」に選ばれたという。
●橘玲(たちばな あきら) 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)など。最新刊は『世界はなぜ地獄になるのか』(小学館新書)。
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