大麻グミが問題視されたり、大学生が大麻で逮捕されたりするなど、大麻汚染が深刻化しています。一方、海外で進む「麻薬合法化」の根拠とは? 好評連載『日々刻々 橘玲』から、2023年6月15日に公開した記事をもう一度、紹介します。(ダイヤモンド編集部)

 アジアではじめて大麻の実質合法化(自由化)に踏み切ったタイは、5月14日に行なわれた総選挙で、大麻規制を求める前進党が第1党になり、8党連立による再規制が現実味を増している。その一方で、下院議長のポストをめぐって前進党と第2党のタイ貢献党が対立しているほか、前進党党首が憲法に違反してメディア株を保有しているとして調査が求められるなど、政権交代まではまだ紆余曲折がありそうだ。

 タイの大麻解禁は法律ではなく省令で行なわれたため、再規制へのハードルは高くない。ただし、世論調査では大麻政策への賛成が5割(反対は4割)とされており、大麻業界関係者の反対運動もあって、野党のなかでも大麻をどこまで規制するかの温度差はあるようだ。

 都市部の若者を支持基盤とする前進党は、軍の排除や不敬罪撤廃、徴兵制廃止など、これまでタブーとされた過激な政策を掲げている。タイ社会を二分するこれら争点に比べれば、「大麻問題」が大きな政治的争点になっているわけでもなさそうだ。

 それ以前に、欧米では大麻解禁はもはや珍しいことではなくなり、タイの政策が国際社会の関心を呼ぶこともない。それとは逆に、日本のように薬物の使用を犯罪とし、本来保護されるべき依存者を処罰していることが、人権への侵害と見なされるようになるかもしれない。 

欧米諸国で進む「麻薬合法化」の根拠となっている「よい薬物/悪い薬物」論の破綻と反レイシズムの運動《Editors' Picks》Photo : Neirfy / PIXTA(ピクスタ)

【参考記事】
●タイの「ソフトドラッグの実質合法化」の現場から考える、世界のドラッグ合法化の流れと日本の現状

薬物に良し悪しなどなく、あるのは「使い方」の良し悪しだけ

「ドラッグ合法化」というと、どのような薬物も嗜好品として自由に楽しめるレッセ・フェール(自由放任)を思い浮かべるかもしれないが、欧米諸国が進める「麻薬政策の転換」とは「すべての薬物を法の下で管理すべきだ」という主張をいう。その背景にはいくつかの要因があるのだが、そのなかでも重要なのは、アメリカのオピオイド禍によって「よい薬物/悪い薬物」論が破綻したことだろう。

 日本も含め、これまでの薬物政策は、精神作用のある薬物を一定の規制のもとに嗜好品として認め(アルコールやニコチン)、医師の処方によって使用できる「よい薬物」(睡眠薬や鎮痛剤)を定める一方で、大麻やヘロイン、コカイン、覚醒剤などを「悪い薬物」として法によってきびしく禁じてきた。だが、薬物の作用が明らかになるにつれて、法による恣意的な区分は正当化が難しくなっている。

 アメリカで州民投票による大麻解禁が進むのは、薬物としての大麻の危険性がアルコールやニコチンよりもずっと低いという科学的な知見が積み上がり、州民がその主張に納得したからだ。肝臓障害などを引き起こし、飲酒運転やDV(ドメスティックス・バイオレンス)の原因にもなる酒が(ほぼ)自由に入手できるのに、より安全な大麻を違法とし、密輸・密売人だけでなく使用者までも逮捕・収監するという麻薬政策は合理的に説明するのが困難になっている。

 それと同時に、医師が処方する鎮痛剤オピオイド(商品名「オキシコンチン」)がアメリカで大規模な薬害を引き起こし、深刻な社会問題になっている。2017年10月にはトランプ大統領が「公衆衛生上の非常事態」を宣言したが、その後も事態は悪化する一方で、20年には1年間で9万人以上が死亡し、鎮痛薬として処方されたオピオイド乱用者は1000万人を超えたと推計された。

 オピオイドはヘロインやモルヒネと同じくケシ(アヘン)からつくられた薬物で、強力な鎮痛作用があり、なおかつ処方薬として認可されたため、慢性的な疼痛に悩むごくふつうのアメリカ人が次々と依存症になる事態になった。このオピオイド禍に対しては製薬会社、薬局、医療機関への大量の訴訟が提起され、巨額の和解金が支払われているが、ここで誰もが疑問に思うのは、「なぜこのような危険な薬物が合法的に処方・販売されていたのか」だろう。

 法律的には、オピオイドは「よい薬物」で、大麻は「悪い薬物」だ。だが現実には、オピオイドは累計100万人ともいわれる死者と膨大な依存者を生み出し、大麻の使用でこれまで死亡した例はない(すくなくともこの主張への反証はない)。だとしたら、「よい薬物」と「悪い薬物」に分けることになんの意味があるのか、という話になるのは当然だ。

 オピオイドは日本では麻薬として規制され、アメリカのような事態は起きていないが、精神科病院や心療内科で処方されているベンゾジアゼピン系睡眠薬が依存症臨床の現場で大きな問題になっているという(松本俊彦氏〈国立精神・神経医療センター精神保健研究所薬物依存研究部長〉による『依存症と人類』〈みすず書房〉「解題」)。ここにも、「よい薬物(ベンゾジアゼピン系睡眠薬や、鎮咳薬・感冒薬といった規制対象成分を含有する市販薬)」と「悪い薬物(麻薬)」を法で定めることの矛盾が現われている。松本氏は、「薬物に良し悪しなどなく、あるのは『使い方』の良し悪しだけなのに、いつまでも禁止一本槍では、合法薬物の『悪い使い方』を防ぐことなどできっこない」と述べているが、これが(日本はともかく)世界の薬物専門家の常識になっている。