蔵の中で怪しく光る透明なタンク
古めかしく、薄暗い蔵の中で、赤く発光する透明なタンク。酒瓶を入れるケースの上に置かれたライトや周囲の機械、配線が場違いで、不思議な雰囲気を醸し出している。僕の頭の中では、秘密組織が秘匿された場所で怪しげな実験をしているという妄想が膨らんだ。
タンクに顔を近づけると、濃厚な白い液体が入っているのがわかる。突然、ボコッと泡が浮かび上がり、壁面に沿って上昇していくのが見えた。目を凝らせば、あちこちで同じような大小の泡が立ち昇っている。生き物のようだ、と感じた。
このタンクに入っているのは、日本酒のもととなる「もろみ」。タンクでは蒸した米、水、酒母、麹を加えて糖化とアルコール発酵を行っている。一般的に「仕込み」と呼ばれる行程だ。仕込みを行うタンクはホーロー製が主流で、一部の酒蔵では昔ながらの木製が使われているが、アクリル樹脂製の透明なタンクは日本に1つしかない。このタンクを所有しているのが栃木県小山市に蔵を構える、創業149年の老舗・西堀酒造。そして、赤色LEDでタンクを照らそうと考えたのは6代目、西堀哲也だ。
西堀は、燃え盛る炎のような色に染まるタンクを見ながら、時折、物思いにふける。
この中には、何百兆にもおよぶ微生物がいる。それぞれが自分の最大限の生命エネルギーを発散して、ランダムに流転している。もし人間界の不合理な要素やカオス性がもろみの中でも実現しているとしたら、もろみのタンクが、世界の縮図なのかもしれない──。