2001年の半ば、米中関係は悲惨な状況にあるように見えた。その2年前、北大西洋条約機構(NATO)のミサイルがセルビア(旧ユーゴスラビア)の中国大使館に着弾し、中国人3人が死亡した。そして2001年4月の偵察機危機(中国機が同国沿岸近くで米軍機と衝突し、中国人パイロットが死亡)が緊張をさらに高めた。多くの人は、米中関係が悪化の一途をたどり、今後数年はそれが世界の不安定化を招く主な要因の一つとなり、恐らくは不安定化の元凶になると考えていた。だが2001年後半には、これはばかげた予測か、少なくとも時期尚早の予測のように思われた。当時、中国の江沢民国家主席とジョージ・W・ブッシュ米大統領は、上海で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で笑顔を交わした。その会議で一緒にいることを喜んでいるように見えた両首脳は、テロとの戦いで協力することに合意した。当時と2023年との類似性は際立っている。今年は米中間の緊張が高まる中で始まった。再び空中監視事件(米国を横断飛行していた中国のスパイ気球が2月に撃墜された)が発生し、冷え切った関係は凍りついた。
米中関係、見かけより予測が難しい理由
現在と類似点が多い2001年を振り返り、その理由を探る
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