瀬戸内海の島に7年で4万通!「受取人のいない手紙」という市場をアーティストが創造できた理由漂流郵便局 撮影:元田善伸

瀬戸内海のとある島にある「漂流郵便局」をご存じですか?亡くなった人や未来の自分など、受取人のいない郵便を預かってくれる独創的なプロジェクトです。2013年に制作され、国内外から注目されましたが、なぜ成功し、そして今も郵便が届くのでしょうか。成功の3つのポイントと、アーティストが気づいた「新たな市場」とは何だったのしょうか。(E&K Associates代表 長谷川一英)

アートだからできる…郵便にはできない「新しいサービス」

 瀬戸内海に粟島という小さな島があります。この島に、受取人のいない郵便を預かる不思議な郵便局があります。その名も「漂流郵便局」。

 アーティストの久保田沙耶さんが、2013年に、瀬戸内国際芸術祭での作品として制作したものです。この独創的なアートプロジェクトは、人々の深層心理に触れ、隠れたニーズを引き出す力を秘めています。

 受取人のいない手紙とはどういうことでしょうか?例えば、お子さんを亡くしてしまったお母さんが、亡くなったお子さんに向けて書いた手紙や、10年後の自分に書いた手紙などです。通常の郵便配達では、このような受取人のいない手紙は配達してくれません。しかし、「漂流郵便局留め、いつかの、どこかの、○○宛」として投函すると、粟島の漂流郵便局に届き保管してくれます。

 人は、亡くなってしまった子どもに宛てた手紙や、未来の自分への手紙を書きたくなることがあります。しかし、書いて引き出しにしまっておくのと、ポストに投函するのとでは、心理的に大きく異なります。しまっておいた手紙は、そのまま、そこにとどまります。でも、ポストに投函したら、もしかしたら天国の子どものところに届いて読んでくれるかもしれない…10年後の自分の元に配達されるかもしれないという希望が湧いてきます。

「漂流郵便局」は、人間の深層心理を洞察して、その願いに応えたアート作品ということができます。ビジネスの観点からいうと、日本郵政や佐川急便など物流企業が扱わないサービスで、新たな市場を開いたということになります。