LINEのメッセージの「句点」は怒りの意思表示──?すれ違いの理由を探っていくと、思わぬ共通点にたどり着いた。AERA 2024年1月22日号より。
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えっ、怒ってるのかな──?
佐賀県内の大学に通う23歳の女性はある日、バイト先の年上世代の店長に「熱が下がらず明日は休みたい」旨のLINEを送った。返信で了解はしてくれたものの、最初の「お疲れ様。」に考え込んでしまったという。
「ふだんは絵文字を多用する人なので余計に、なぜここに『。』(句点)が付いてるんだろう、と怖かった。LINEのやりとりに『。』があるとすごく気になります。同じ言葉でも『ごめん無理』なら忙しいのかなと思えるけど『ごめん無理。』だと、あー何か怒らせたかなと……」
終止形は高圧的に響く
九州の大学に通う22歳の女性も、LINEでの句点には違和感を持ってしまうという。
「ふだんはフランクに話してくれる目上の人から『そうだと思います。』などと書かれると、なぜそんなにかしこまるのだろうと。怒りの意思表示なのかなとか、『あなたとはそこまで話したいわけじゃない』ってことかなとさえ考えてしまいます」
若い世代はLINEなどSNSでの「打ち言葉」に句点があると、そこに違和感、とくに「怒りの感情」を読み取ってしまうらしい──中高年世代からするとにわかには信じられない話だろう。その理由を探ってみた。
まず話を聞いたのは国立国語研究所教授の石黒圭さん。LINEでの句点に違和感を持つのは、「若い人たちの間では言文一致が進み、話し言葉の感覚を打ち言葉に持ち込んでいるからだ」と指摘する。
「対面での会話のキャッチボール、つまり話し言葉においては、『できるだけお互いの話を切らずに続けていく』ことを私たちは年代を問わず、大事にしています。例えば、バイト先の店長に『ちょっと週3日のシフトはきついんで、2日にしていただきたいんですけども』など、接続助詞を使い余韻を残しつつ、できるだけ話の終わりを『終わりらしくなくする方法』を使い、コミュニケーションを円滑にしている面がある。これを『週3日は私にとってきついんです。2日にしてください』と終止形で切ってしまうと、高圧的で怒っているかのように響くので、避けようとします」