現場の社員たちは、経営陣からの過大な要求と、事業環境という現実との板挟みとなりました。追い詰められた社員はやがて不正会計に手を染め、利益を水増しするようになっていったのでしょう。

 これについて当時の田中社長は記者会見で、「不適切会計の原因となったと言われる過大な業績目標を各事業部に要求した認識はない」と発言しました。さらに「私は業績の改善要求を『チャレンジ』などと呼ばずに『必達目標』と呼んでいた」「月末や期末の必達目標はきちんと理由のある実現可能な範囲で各事業部に要請していた」とも言い、現場に圧力をかけた事実は無いと強調しました。

日本の会社員はなぜ「やる気」を失ったのか日本の会社員はなぜ「やる気」を失ったのか』(平凡社) 渋谷和宏 著

 田中社長ら経営陣の認識では「過大な要求」ではなく「実現可能な範囲での要請」だったのかもしれません。

 しかし先に触れたように「脅しの経営」は現場と経営陣との風通しを悪くさせ、情報伝達を阻害します。「減点主義的な処遇」を恐れる社員たちは、現場の課題、問題点を包み隠さず経営陣に報告したりしないからです。

 東芝も同様だったのではないでしょうか。経営陣と現場の社員とで課題、問題点が十分に共有されておらず、経営陣の甘い状況認識と、現場の社員の厳しい状況分析との間に、埋めがたい乖離が生じていたのだと思います。

 この結果、経営者には「実現可能」でも、現場の社員にとっては「過大」となってしまったのでしょう。

 加えて「脅しの経営」に萎縮した社員にとっては、経営陣の「要請」は「要求」にほかなりません。「減点主義的な処遇」を恐れる社員は、それに疑義を呈したり、意見を挟んだりできないからです。ましてや経営陣の「要請」が「必達目標」であればなおさらでしょう。

 不正に手を染める企業はほんの一部に過ぎないと私は思います。ほとんどの企業は法令を遵守しているはずです。

 しかし東芝や日野自動車のマネジメントや企業文化が極めて例外的かと言えば、私にはそうは思えません。

 私は日本企業が活力を取り戻すために「減点主義的な処遇」を今すぐにでもやめる必要があると考えます。懲罰的な人事は、意図的に機密情報を漏らしたり、同僚の足を引っ張ったり、仕事を怠けたりするなど、悪意ある社員に限定すべきです。