“走る哲学者”こと、為末大さんの著書『諦める力』を読むことを、就活生に勧めたい。10年前「思い込みが自身の限界を作っている」と考えるに至った哲学の原点が著されているからだ。人生初の選択を迫られ、悩む就活生のため、その哲学を説いてもらった。(取材・文/奥田由意 撮影/鈴木愛子)
男子400メートルハードルの日本記録保持者である為末大さんは、18歳のときに一つの選択をした。
中学時代には花形競技の100メートル走で日本一になったが、高校で記録が伸び悩み、自身の身体特性をより生かせるハードル走への転向を選んだのだ。
100メートル走でトップを極めるのは難しいが、ハードルなら世界で勝てると考えた。18歳という若さで100メートル走を諦めたことに対する後ろめたさを抱えながら競技を続けたが、その後、ハードルで世界陸上選手権2回連続の銅メダル獲得、オリンピック3大会連続出場を果たした。
当時を振り返り「好きなこと(100メートル走)でうまくいかないかもしれない人生を生きたいのか、可能性がある(ハードルで)人生を生きるのか、という価値観のせめぎ合いの中での選択だった」と自己分析する。
価値観が曖昧な中の
選択は「仮決め」
「好きなことに集中する」「豊かさを追求する」などと、目標が明確に一つに決まっていれば、職業選択は簡単かもしれない。けれども、「好きな人と暮らしたい」とか「尊敬される人でありたい」とか、さまざまな価値観が複合的に交錯し、自分の価値観が揺れる中での選択は難しい。
とはいえ、「漠然とした価値観の中でも、選択するしかない。選択しないよりも、自分で判断して、選択した方がよい」と為末さんは言う。
ただし、人生経験が少ない就活生なのだから、「仮決め」のスタンスがよい。そこには三つの要点がある。
「第一に、全部手に入れなくても、人は幸せになれる。第二に、最高のものでなくても、人は幸せになれる。第三に、決めたことは途中で変えられる。その人のライフステージによって大事なものは変わっていくので、間違っても就活において『人生で一番大事なことは何かを選択する』などと考えてはいけない。就活は多くの人にとって、正解が何か分からない中で選択する第一回目だ。まずは、選択するということに慣れる気持ちで臨むことだ」と為末さんはアドバイスする。
嫌いなこと、苦手なことは分かりやすいので、それを回避する決め方も一つの手だ。
「こちらの方が好き、こういう働き方がいい、海外に行きたいといった、いくつかの『仮決め』した価値観からさかのぼって、どのような職業があるかを考えてみてはどうだろう」