三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第70回は、誰しも心当たりのある「先延ばしグセ」の対処法を説く。
「先延ばしのプロ」自己紹介がウケる理由
『インベスターZ』の作中で、ホリエモンこと堀江貴文氏は起業を志す中川に無茶なヒッチハイクを課した真意を説明する。ビジネスで一番大事なのは行動力で、アイデアがあっても行動に移す者は少数だと説き、成功の秘訣は「やればいいだけのこと」と語る。
「やればいい」と分かっていても手をつけられない。そんな経験は誰にでもある。作中のホリエモンが挙げる、人に頭を下げるのが嫌だ、アイデアを否定されて傷つくのが嫌だ、といった理由以外に、単に面倒くさいというケースも多いだろう。
英語にProfessional Procrastinatorという表現がある。先延ばしのプロ、とでも訳せば良いだろうか。自己紹介のなかに付け加えたりするユーモラスなフレーズだ。この自虐ネタが安定してウケるのは、多くの人に思い当たるフシがあるからだろう。
なぜ人はやるべきことを後回しにしてしまうのか。人気ブロガーのティム・アーバン氏がTEDトークで愉快な分析を披露している。再生回数はTEDチャンネルで最多クラスの5500万回以上という人気動画だ。未見なら、ぜひご視聴をすすめる。
アーバン氏は動画の中で鋭い指摘をしている。物事を先延ばしして易きに流れる本能を抑えられるのは「締め切り」だけだ、というのだ。夏休みの最終日、レポートの提出期限、仕事の納期。なんでもいい。締め切り直前になって気合が入り、ギリギリで間に合った経験は「あるある」だろう。
28年間、記者として締め切りに追われ続けた人間として、アーバン氏のこの意見には完全に同意する。別に自慢にもならないが、私は原稿や仕事の締め切りを破ったことはない。
だからと言って、仕事を先送りしない立派な人間ではない。締め切りのなかった家庭内連載小説『おカネの教室』の完結には7年もかかった。
「時間ができたら」と某社から引き受けたある書籍は、企画が持ち上がって5年経っても先送りになっている。このコラムを担当編集者が読んでいないのを祈るばかりだ。
やるべきことを先送りしないコツ
やるべきことを先送りしないための小賢しいコツは、自分で締め切りを設定することだろう。無論、ペナルティーでもない限り、効果は限定的かもしれない。
だが、経験的には、少なくとも曖昧な目標設定よりはマシだ。今年の初めに決めた3つの目標のうち、すでに2つが挫折に終わっている私が言うのだから、信じてほしい。
問題は、人生における大事の多くは、締め切りなど決められないことだ。下手すると、小さな「やるべきこと」でスケジュールを埋めるほど、大切なことは先送りにされる。
この難題への答えでも、私はアーバン氏のアイデアに共感する。前述の動画のオチに当たるので具体的な中身は割愛するが、要は、いつか必ず来る死を究極の「締め切り」として意識せよ、という発想だ。
もうすぐ52歳になる私は、約96カ月で50代という「締め切り」が来る。1カ月はその1%ほどに当たる。そのうち3分の1ほどは睡眠にとられる。やるべきことを先送りしている余裕はないはずだが、さて。