「起業家が後悔しないための本」をコンセンプトにした、『起業家のためのリスク&法律入門』が発売され、スタートアップ経営者を中心に話題を呼んでいます。実務経験豊富なベンチャーキャピタリストと弁護士が起業家に必要な法律知識を網羅的に解説した同書より、“スタートアップあるある”な失敗を描いたストーリーを抜粋して紹介します。第8回のテーマは「資金調達と持株比率の希釈化」についてです。(執筆協力:小池真幸、イラスト:ヤギワタル)
持株比率が下がりすぎて後悔する
正直にいえば、ファイナンスなんて、スタートアップにとっては大きな問題じゃないと思っていた。
投資ファンドならいざ知らず、スタートアップの本業は、革新的なプロダクトで世界を変えること。むしろ、資金調達やファイナンスにばかり気を取られて、プロダクト開発や事業推進が疎かになってしまったら、本末転倒。そう考えて、ファイナンスの勉強は、あえてしすぎないようにしていた──それがアダとなるなんて、露とも知らずに。
新卒で外資系コンサルティングファームに入社し、3年ほど揉みくちゃにされながら修行を積んだ後、大学のときの親友から声がかかった。彼女はエンジニアだったのだが、どうしても挑戦してみたいプロダクトのアイデアが浮かび、ビジネス面で支えてくれる人を探しているという。そこで、ちょうどコンサルでビジネスパーソンとしての地力をつけていた僕に、白羽の矢が立ったのだ。
彼女のアイデアは、皆の目を引くような派手さはなかったものの、贔屓目抜きにしてもとてもセンスのよいもので、「これは当たるのではないか」という予感を覚えた。ちょうどコンサルの仕事にも飽きがきており、新たな挑戦をしたい気持ちが出てきていた僕は、二つ返事でオファーを承諾。共同創業することになった。
彼女と僕が起業するときに決めていたのは、「受託開発はやらない」ということ。とにかく自分たちのプロダクト開発に集中することを最優先にして、もし本当に資金が尽きたら、潔く解散しようというもの。生き残るための経営はしない、ということだ。
ということで、前職のツテをたどりながら、出資してくれるシードVCを探した。幸い、すぐによい人たちが見つかり、シード投資を受けられることが決まった。ファイナンスについてはほぼ無知なのだが、どうやら最近は、シード期のエクイティファイナンスをしやすくしてくれる「J-KISS」という制度が流行りらしい。正直、あまりしくみは理解しきれていなかったが、現在のバリュエーションを気にせずにガンガン調達できるしくみらしい。あまりファイナンスに思考のリソースを割きたくなかった僕らは、このJ-KISSのしくみを使って、合計で3500万円の資金調達を実施した。
暗雲が立ち込めはじめたのは、その半年後。
十分なシード資金を調達できた僕らは、より一層、プロダクト開発に精を出した。β版の時点からかなり評判が良かった。わりと有名で大きめなVCから、シリーズAの大型調達の話も来た。「この機を逃さずに一気にアクセルを踏んで、開発とグロースを加速させたい」。そんな思いから、シリーズAの資金調達に踏み切った。
「これ、いままでのJ-KISSのポストバリュエーションキャップ、7000万円ですか? これでは優先株式を発行すると大幅に希釈化しちゃいますが、大丈夫でしょうか?」
シリーズAの投資契約時に、投資担当者からこんなことを聞かれた。よくわからないが、どうやら僕と共同創業者の持分が大幅に減ってしまうらしい。少しモヤモヤはしたが、僕らは金のために起業したのではない。ここでもまた、よく考えずに承諾した。
その後、シリーズBでも優先株式での資金調達を実施。その頃から、プロダクト開発に集中できないストレスがかなり高まっていた。
気づけば5社の株主を抱えるまでに至っていたのだが、投資契約時に結んだ事前承諾事項が多すぎて、いちいち承認を得るのにとても高い工数負荷がかかるのだ。
負荷がかかるだけならまだいい。事業のピボット、増資のタイミング、バリュエーション……大きめの経営判断を下そうとすると、必ず株主の誰かが反対する。結果として、実現しなかった意思決定も少なくない。気づけば、プロダクト開発に割ける時間も、ほとんどなくなっている。
株主との調整に工数が割かれて、プロダクト開発がロクにできない。おまけに、自分たちの株の取り分はすでに50%を切ってしまっていた。一体、僕らは何のために起業したのだろう──。