インドール酢酸は植物のホルモンだから人間に効くわけがないと考える人も多いなか、可能性を感じた阿部教授は「インドール酢酸の構造を化学的に変えてさまざまな化合物を作ってみると、貧血を改善し、なかでもATPがよく増える薬『MA-5』が見つかったんです。ミトコンドリア病の患者さんの皮膚細胞では100人中95人に有効性が見られました。現在、臨床でATPを増やす薬はないので、ミトコンドリア病の患者さんにとって喜ばしいことになると思いました」と嬉しそうに話してくれた。

 ATPを作りにくくなったミトコンドリアで、MA-5はどんな仕組みでATP産生を増やすのだろう。

「ミトコンドリアには、クリステという巾着のような袋構造があり、そこで水素イオンを作ってその濃度差の力でATPを作っています。生まれつきの異常や加齢で、水素イオンあるいはATPを作る“部品”が傷むとATPができにくくなりますが、MA-5はミトフィリンという物質と結合し巾着の口をギュッと締めるような形にすることで、クリステ内腔を狭くします。すると、水素イオンの濃度が部分的に高くなり、ATPの産生が助けられ、ミトコンドリアの動きも良くなるんです。現在、健康人を対象とした臨床試験の第1段階を行っており、2024年の3月には終了する予定です」(阿部教授)

 近い将来、ミトコンドリア病の治療が変わりそうだ。

 ミトコンドリア病の治療が可能になると、阿部教授が言っていた「老化を調節できうる」ことから、予防医療やアンチエイジングへの波及効果が得られそうだ。加齢によるミトコンドリアの機能低下や構造変化でATP産生が減少すると、フレイル(筋力・心身の活力の低下、要介護の手前の状態)、難聴、腎臓病、糖尿病、代謝疾患、老化等を招くことはわかっているが、そのほかにも着目していることがあるという。

「MA-5の発見から、腸内の菌体成分やその代謝物が体内のミトコンドリアをコントロールしている可能性、あるいは、ミトコンドリアが腸細胞の酸化ストレスを介して腸内細菌をコントロールしている可能性もあるのではと考えています。また、唾液や尿などで、ミトコンドリアの状態を示すマーカーとして知られているGDF15の濃度を調べる機械も開発しているところです」(阿部教授)