賃上げの原動力は連合の果敢な一歩
横並び意識がピーターパンを生む

 ベアなし定昇のみという、旧来の「当たり前」を無視して果敢に突進したのは、労働者に支えられた連合だったというのが筆者の見方だ。

 筆者の研究室に連合の方々を初めてお迎えしたのは22年の夏頃だ。その日をきっかけに、インフレはどこまで行くのか、そのインフレに打ち勝つにはどれほどの賃上げが必要なのかについて、連合やその傘下の労組と議論し始めた。

 そこで分かったのは、連合が賃上げの旗を振ることの難しさだ。物価高で生活が苦しいと組合員から突き上げられ、政府や日銀、さらには財界からも「好循環を起こそう」と迫られる。とはいえ、高い賃上げ率を掲げながら実現できなければ、連合が責任を追及されかねない。このような厳しい状況に直面している姿を目の当たりにしてきた。

 そのような経緯から、筆者は、連合がピーターパンなのではないかと思うようになった。

 日銀の黒田東彦前総裁は15年6月の講演で、ピーターパンの「飛べるかどうかを疑った瞬間に永遠に飛べなくなってしまう」を引用した上で、大切なことは「前向きな姿勢と確信」だと述べた。

 しかし、飛べると訴え続けた黒田前総裁の助言を真に受けて飛ぼうとする人は当時、ほとんどいなかった。

 連合が飛べると信じたのかは分からない。しかし労働者や社会からの要請が強まる中で「飛ばざるを得ない」と腹をくくった可能性は高いのではないか。そして、高い賃上げ目標を掲げて飛んでみると、思いのほかうまく飛べたというのが実際のところだろう。

 もちろん賃上げは相手あってのものだ。連合が飛ぶ覚悟を固めても、経営側の覚悟がなければ飛ぶことはできない。経営者も同じく腹をくくったということだ。

 また、日本の賃金交渉は各社一斉に行われるという特殊な形式をとっているが、ライバル企業が上げるなら自分も上げなければという、横並び意識が強く働いたとの指摘もある。飛ぶ覚悟が次々と波及し、多くのピーターパンが誕生したという見方もできる。