日本未発売の「瓶入りフラペチーノ」は
生物学者のアイデアから生まれた
1989年のことでした。ドン・バレンシアという細胞生物学者がシアトルのスタバのパイクプレイス店にコーヒーパウダーを持ち込みます。その味に感心したバリスタが本社に持ち込み、やがてそれがハワードのオフィスに持ち込まれます。
彼は細胞治療に関わる起業家で、細胞を傷つけることなくフリーズドライする技術を持っていました。その彼が休日にアウトドアに出かける際に妻と一緒に飲む目的で、スターバックスのコーヒーを会社の装置で細胞と同じようにパウダー化したものがそれでした。
それがきっかけで、ドンはスタバの研究開発部門の責任者として移籍します。
コーヒーはフリーズドライにすると香り成分が失われます。研究室でドンが作ったパウダーはフリーズドライにしては風味はいいのですが大量生産ができない。大量生産できる工程で作ったパウダーは香りが大幅に失われてしまう。
通常の商品開発と同じで、スタバの研究部門もここから何年もの間、商品を出せずに苦闘することになります。
約10年後、1998年になって最初に生まれた成果は、マザグランのときと同じペプシコとの共同開発で市場に出されました。今度は人気商品となる瓶入りフラペチーノのベースとなる成分でした。
本物の味を抽出したパウダーから作られることで、瓶入りフラペチーノは満足のいく味で提供できるうえに、工場で大量生産できるようになります。
この成果が生まれたことで、スターバックスはペットボトル入りのコーヒー飲料、チルドカップ、缶コーヒー、コーヒーフレーバーのアイスクリームなどさまざまな商品へ進出します。それまでのコーヒーエッセンスよりも風味がよかったことで、本体のブランドを棄損することなくブランド拡大ができるようになったのです。
ちなみにこのチームの生み出す最終形態が2009年に発売されたヴィアです。
イノベーションの始まりから20年、ドン・バレンシアが作りたかった「アウトドアに持ち出せるスターバックス風味のインスタントコーヒー」という目標が結局一番難しかったことが研究でわかり、でもそれがようやく実現したのです。ドンが作りたかったと書いたのは、ドン自身は2007年にがんでこの世を去ったからです。
スターバックスがインスタントコーヒーを発売するというニュースは当初、メディアから大きな逆風を受けます。「スターバックスよ、やめてくれ!」という記事が投資サイトに掲載されるほど世間はヴィアを警戒します。
しかしメディアはその後、「わたしたちは見事にだまされた」という記事を発表します。
ハワードは記者会見の場でスターバックスのドリップコーヒーの代わりにヴィアを提供しました。記者たちは気づかずに美味しいコーヒーを飲んでいたのです。ヴィアはインスタントコーヒーですが、インスタントコーヒーという名前ではなくコーヒーエッセンスという名称で販売されています。