この経験から、早く日本にこの変化を持ち込まなければ大変なことになるぞと直感しました。そこで僕は、「ベンチャーおじさん」と称して、ベンチャー企業を支援する活動を始めたという訳です。その当時、ひときわ輝いていたのが孫さんでした。当時、彼は驚くべき先見の明でソフトウエア・コンピューターの流通にいち早く取り組み、インターネットが到来するやその世界に飛び込んでいました。

米倉誠一郎氏米倉誠一郎氏 Photo by Motoyuki Ishibashi

 その点は素晴らしいのですが、孫さんがかつて言っていたように、それは「タイムマシン経営」で、アメリカで起こったことをいち早く日本に持ち帰っただけで、「孫さんはいったい何を生み出したのか?」と考えてしまうのです。

 イギリスのボーダフォンの日本法人やアメリカのスプリント・コーポレーション(2020年にTモバイルと合併)を買収した。アーム社の買収や上場なども確かにすごいのですが、それらは孫さんで独自に生み出したものではありません。最近のソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)という10兆円ファンドで明らかになったことは、やはり孫さんの真髄はキャピタリストにあったということではないでしょうか。

 SVFにより、孫さんはキャピタリストとして“究極”の地点にたどり着いたと思います。アメリカにも多くの巨大ベンチャーキャピタルがあり、その手元には毎日何十件、何百件のビジネスプランやプロポーザルがあがってきます。そこには今後の技術やビジネスモデルの動向をはじめとして世界の大きな動向が見えてきます。その意味で、SVFのような巨大ファンドを治める孫さんの元にはものすごい情報が集まって来るでしょう。同じように、世界観を共有する人々も集まるようになるでしょう。

 この情報と同志が集まれば、世界の大きな動向の中で孫さんは次に何をすべきかが決まって行くのでしょう。これが“究極”という意味です。

孫正義とバフェット
投資家としての決定的な違い

井上篤夫氏井上篤夫氏 Photo by Motoyuki Ishibashi

井上 米倉さんは経営学者ですが、孫さんは経営学の研究対象になり得ますか?

米倉 もちろんなり得ますが、問題はどの分野、どの専攻領域の対象かということです。孫さんは何か物を作ったわけではありません。M&Aを通じた企業成長の分野かもしれないし、ウォーレン・バフェット氏のような投資の分野かもしれません。

 しかし、それも少し違うかなとも思います。バフェット氏は純粋な投資家ですので、「今は日本の商社が買いだ」と株価の上下だけで投資先を判断しますが、孫さんが商社に投資することはないでしょう。

 孫さんは、技術の中に自らを置く発明家でもあり、パーソナル・エレクトロニクスやインターネットを基点とした情報産業を重視しています。そこにおけるVCの神様なのですかね。