⻑期的な経済成⻑の原動⼒は、アイデアか? 制度か?

クレイトン M. クリステンセン
Clayton M. Christensen
エフォサ・オジョモ
Efosa Ojomo
ガブリエル・デインズ・ゲイ
Gabrielle Daines Gay
フィリップ E. アウエルスワルト
Philip E. Auerswald
翻訳|岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部 論説委員)

『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)で知られるクレイトン・クリステンセンは、2020年1月23日、67歳で他界した。今回紹介する「第3の解」は、逝去する1カ月前、MITプレスが発行するジャーナル『イノベーションズ』に掲載されたもので、これまで未訳のままだった。『ダイヤモンドクォータリー ニューズレター』の発行に当たり、その邦訳を連載していく。

⻑期的な経済成⻑の原動⼒は、アイデアか? 制度か?

イノベーション理論の2つの学派 

過去半世紀を通じて、経済成⻑理論では2つの学派が主流であった。第1の学派は、2018年にノーベル経済学賞を受賞したポール・ローマー(現スタンフォード⼤学教授)らが提唱する「アイデアが経済成⻑を牽引する」という考え⽅である。アイデアというものは、ひとたび⽣み出されると、最⼩のコストで模倣され、共有されていく(といわれている)ため、他の⽣産要素ではできない⽅法で持続的な経済成⻑を促進できるという。

第2の学派は、アイデアが成⻑の種であるかもしれないと認めているものの、やせた⼟地では芽吹き、枝葉を広げることはなく経済成⻑には⾄らないと指摘する。成⻑を促す肥沃な⼟壌は何よりも良質な「制度」であり、こうした制度が⾄るところで⽋如していることが決定的な制約要因であるという。

そもそも制度とは、国家の「ソフト」なインフラであり、⾦融、司法、法律、⾏政、さらには⼀部の社会システムを構成する主体を包含している。制度には、国⺠国家、学校、病院などフォーマルなものもあれば、インフォーマルなもの、たとえば法律や政策ではなく、慣習や⽂化に由来する慣習や権威構造もある。

この主張には説得⼒があり、実際、国連や世界銀⾏などの国際機関は、貧しい国の⼈々が新しい制度を開発したり既存制度を改正したりするのを⼿助けするために総計数⼗億ドルを費やしている。

しかし、これら2つの視点にはどちらもメリットがあり、実際歴史的につながっている。経済は、18世紀の啓蒙主義の時代まではカタツムリの歩みのようにゆっくりと世界全体へと広がっていったが、科学的⼿法と近代⺠主主義が同時期に出現したことで、⼈類は既知をはるかに超える学習と発⾒の時代へと突⼊した。

では、⻑期的な経済成⻑の原動⼒は、アイデアなのか、それとも制度なのか──。本稿は、この問いに対する最も歴史的に正しく、現実的に有⽤な答えは、実のところどちらでもないことを示すものである。

経済の⻑期的成⻑の基本要因として想定されているこれら2つの要因の代わりに、我々は、第3の要因、すなわち「市場創造イノベーション」(market-creating innovation)を提案する。では、その裏付けとは何か。第1に、アイデアが経済成⻑と発展をもたらすのは、それが市場創造イノベーションによって実現された場合だけである(我々が市場創造イノベーションを強調する理由は後述する)。

アイデア第⼀主義の経済成⻑理論の⽬⽟は、アイデアはコストなしで移転されていくという「知識のスピルオーバー」であるが、現実の市場創造イノベーションは、これとは似て⾮なるプロセスである。実際、市場創造イノベーションはコストがかかり、簡単ではない。

しかも、専⾨家の共通認識に反するが、歴史的には⼀貫して、市場創造イノベーションによって制度は成⻑していくのであり、その逆ではない。制度は、⼈間社会が環境変化に適応したことの帰結といえる。

たとえば、世界中のすべての都市において、交通統制システム(信号機や踏切など)、都市計画(横断歩道や陸橋など)、交通法規を執⾏管理する法的機構など、交通⽤に設計された複雑な制度が存在する。しかし、これらの制度から都市交通が⽣み出されたわけではない。交通ありきであり、⼈間社会が対処する術を後から考え出さなければならなかった。では、何から交通は⽣まれたのだろう。こうした交通の⾰命は、⾃動⾞やオートバイによってもたらされたものだが、現在でいえば市場創造イノベーションである。この例は⼈⼝に膾炙している。

経済発展に関するアイデアベースと制度ベースの理論は、まったく異なるアプローチだが、市場創造イノベーションとその親類みたいなものである個々の主体が果たしている中⼼的役割を説明できていない。

この論稿では、市場創造イノベーションの定義と2つの事例を紹介することから始める。市場創造イノベーションは、この後で説明する歴史的根拠に基づく理論の⼟台となるからだ。その定義と事例を念頭に置きながら、次に、経済発展に関する(先述の)2つの⽀配的な理論について検証する。この作業は、基本的に「繁栄している国がある⼀⽅で、そうではない国が存在している理由は何か」という、何世紀にもわたる疑問への有⼒な解答である。

そのうえで、ブロックチェーン技術や新たなビジネスモデルは、市場創造イノベーション、制度の進化、ひいては経済発展に影響を及ぼしているが、これらはどのように関係しているかについて検証する。その際、市場創造イノベーションを後押しするブロックチェーン技術がどのように導⼊されているか、具体例を紹介する。結論としては、経済発展を推進する要因についてより理解を深めることが、経済発展の定義⾃体の再考を促すことになる。