「イノベーション」の誤用と乱用
「イノベーション」という⾔葉は、当たり前のように多⽤され、その理解は矮⼩化されている。わかりやすくするために、イノベーションとは「組織が、労働⼒、資本、原材料、または情報を、より価値の⾼い製品やサービスに変換するプロセスで⽣じる変化」と定義しよう。
要するに、イノベーションは、必ずしもハイテクでも、過度に先進的でも、まったく新しいものでもなく、したがって発明とは異なる。経済発展の観点からは、イノベーションは市場を創造するものであったり、持続的なものであったり、効率を向上させるものであったりする。
市場創造イノベーションには、新しい市場を創造するという意味も含まれる。ただし、それは単なる新規市場ではなく、製品が存在しなかったり、コストの問題があったり、使⽤するうえで必要な専⾨知識が不⾜していたりと、さまざまな理由で利⽤できなかった⼈たちに⼿を差し伸べるものである。
市場創造イノベーションによって、複雑な製品や⾼価な製品は、より⼿頃な価格で、より多くの消費者が利⽤できるものに変わる。場合によっては、この種のイノベーションがまったく新しい製品カテゴリーを⽣み出すこともある。
持続的イノベーション(sustaining innovation)は、すでに市場に存在しているソリューションの改良である。たいてい製品やサービスにより優れた性能を求める顧客を対象としている。持続的イノベーションはどこにも存在し、世界中の経済において重要な構成要素である。
持続的イノベーションは、多くの場合、企業とその本国の競争⼒を維持することを可能せしめるが、経済に及ぼす影響は市場創造イノベーションとは異なる。たとえば、成熟市場において持続的イノベーションを展開する場合、既存チャネルを利⽤して、よく知るところのセグメント内の既存顧客に販売するため、営業、流通、マーケティング、製造⼒を新たに整える必要はほとんどない。
持続的イノベーションの例は、我々の身の回りにあふれている。携帯電話の新機種、自動車の新モデル、地元のアイスクリームパーラーの新風味、新しい食器用洗剤などである。 この種のイノベーションは経済を活気付け、刺激的なものにしてくれるが、市場創造イノベーションと比較すると、たとえば雇用創造や利益創出、経済情勢にもたらす変化において、その効果ははるかに限定的である。
効率性イノベーション(efficiency innovation)は、企業がより少ない資源でより多くのことを可能にする。より正確には、既存の資源や新たな資源から、できる限り多くのものを絞り出す⼀⽅で、その根底にあるビジネスモデルや対象顧客は変わらない。
それゆえ、過当競争が激化するにつれて、企業の存続には効率性イノベーションが不可⽋となる。効率性イノベーションは、通常製造⽅法に焦点を当てたプロセスイノベーションであり、ターゲットは必ずしも顧客ではない。
効率性イノベーションは、企業の収益性を⾼め、キャッシュフローの⾃由度が⾼まる。アウトソーシングはその最たる例である。コストの安い地域に事業の⼀部を移転する場合、それは効率性イノベーションといえる。
もう⼀つの例は、テクノロジーを使って操業コストを削減し、さらなる利益を⽣み出せる場合である。たとえば資源採掘や低賃⾦製造業は、効率イノベーションが⼤きく奏功する典型例である。
©2019 Clayton M. Christensen, Efosa Ojomo, Gabrielle Daines Gay, and Philip E. Auerswald.
The article is published in Innovations: Technology, Governance, Globalization, Winter- Spring 2019 of MIT Press.
*つづき〈連載②〉はこちら