西側諸国がロシアを追い詰めた!?
ウクライナ侵攻の要因を歴史からひもとく

ジャーナリスト・田原総一朗と国際政治学者・舛添要一が対談!「最先端のEVに乗る中国人」と「時代遅れのガソリン車に乗る日本人」、失われた30年でステータスが逆転【読めば国内外の問題が多視点で見れるようになる!】

舛添 やるべきことは数多くありますが、特に重要なのは、官僚機構の刷新です。国が主導するのではなく、もっと民間の力を使わなければならないと思います。

 マイナンバーカードも民間主導で開発すれば、あんなバカなものになるはずがありません。もっと民間の優秀な人を重用しなければ、デジタル化も含め、世界から遅れる一方です。

田原 舛添さんの近著『現代史を知れば世界がわかる』をおもしろく拝読しました。この本でもウクライナとロシアの関係を掘り下げていましたね。「ロシアはいきなりウクライナへ武力行使した。だから、プーチンが悪い」というのが一般的な論調です。ロシアはなぜここまでウクライナにこだわるのですか。

舛添 もちろん侵略行為は許されませんし、ロシアがやっていることは国際法違反です。それは大前提として、西側諸国にもひどいところがある。ロシアに対して西側は、傷ついている人の傷口に塩を塗るようなことをした。

 第一次世界大戦では、負けたドイツに、戦勝国は巨額の賠償金を課しました。それが原因でドイツ国内は不況に陥り、国民の不満が増大し、ヒトラーによる独裁政治を生んでしまった。

 第二次世界大戦では、敗戦国である日本やドイツ、イタリアという旧枢軸国に対して、アメリカをはじめとした戦勝国は、ある種、寛大な措置を施しました。僕らも子どもの頃、第二次世界大戦直後の日本が貧しかったとき、アメリカが支給した脱脂粉乳を飲んで栄養を確保し、生かしてもらったという記憶があります。戦後しばらく、アメリカ主導によって、ある一定期間の平和が保たれたのは、第一次世界大戦の敗戦国に対して行った仕打ちからの反省が活かされたためです。

 実際にヨーロッパ内を移動するとわかりますが、ヨーロッパの国々は陸続きです。ナポレオンはパリからモスクワまで「歩いて」向かいました。ヨーロッパの国々は歩いて国境を超えられるため、それを前提に安全保障を考える必要があります。「いかに国境を守るか」ということは、日本人の想像を絶するほど、切実なことなのです。そして、負けた側をあまりいじめるべきではない。

 ベルリンの壁が崩壊し、アメリカとソ連の冷戦は終結。ソ連は解体されました。アメリカは、ソ連解体後のロシアを国際協力のパートナーとして遇し、ロシアもアメリカに歩み寄りました。NATO(※)も、「ロシアへは1インチたりとも拡大しない」と約束しました。
※北大西洋条約機構。1949年設立。北米2カ国と欧州30カ国の計32カ国からなる、北大西洋両岸にまたがる集団防衛機構

 ところがその後、西側諸国は、旧ソ連側だった、ブルガリアや、ワルシャワ機構(※)の国々をどんどん西側へと取り込んでしまいました。
※1955年、ワルシャワ条約で、ソ連を中心として東欧諸国の政治的・軍事的統一を保障することを目的に結成された政府間国際機構。1991年に解体。発足当初の加盟国はソビエト連邦、ブルガリア、ルーマニア、東ドイツ、ハンガリー、ポーランド、チェコスロバキア、アルバニア、モンゴル(オブザーバー)、北朝鮮(オブザーバー)

田原氏

田原 ロシアにしてみれば、とんでもない裏切り行為ですね。

舛添 1993年1月に大統領に就任したクリントンは、翌年、東ヨーロッパ移民の票がほしいがために、旧ソ連側にいた国々に、好きにNATOに加盟していいと言った。ハンガリーやバルト三国、ベラルーシをNATOに入れ、ウクライナにも入っていいと言いました。

田原 ロシアは、ウクライナをNATOに加盟させないでほしいと言ったけれど、アメリカは無視しました。

舛添 結局、これはアメリカのおごりなんです。西側寄りだったゴルバチョフ(※)ですら、そう言っています。
※ソビエト連邦最後の最高指導者。ソ連の民主化を進め、冷戦を終結させる役割を果たした。2022年没

田原 ソ連の民主化に大きな功績を残したゴルバチョフですが、なぜ、ソ連では結局、民主主義は失敗したのでしょう。

舛添 民主化を急ぎ過ぎたのです。民主主義の素地がないのに、いきなり、誰でも政党をつくっていいということにしたら、議会が学芸会みたいになってしまった。これはひどいということで、ゴルバチョフの側近がクーデターを起こし、国内は混乱しました。

 グラスノスチ(情報開示)なども重要な施策ですが、大国を統治するには、締めるところは締めなければ空中分解してしまいます。ゴルバチョフ政権では、結局、巨大な国を統御できなくなり、エリツィン率いるロシアが権力を握りました。その後、プーチンに引き継がれ、今に至ります。

田原 もしトランプが大統領になった場合、ウクライナ戦争に影響はあるでしょうか。

舛添 現在、弾薬数では1対6と、ロシアが優勢です。アメリカはウクライナへの弾薬輸出をストップしましたよね。下院は共和党優位なので、民主党のバイデン大統領に対し、いやがらせをしているわけです。

田原 トランプが大統領になれば、トランプはロシアに加勢すると考えられていますね。

舛添 トランプは、ウクライナ東部をロシアに割譲するといっています。ウクライナ支援もやめるでしょう。

 アメリカのみならず、ヨーロッパでも「ウクライナ疲れ」が起こっています。たとえば、EU(欧州連合)では、現在、ウクライナの農産物のみが関税なしで輸入できるので、スロバキア、ハンガリー、ポーランドなどの農民は、自分たちが割を食っていると、怒り心頭です。フランスやドイツの農民も、ウクライナの優遇に反対して、高速道路を封鎖して、デモを行っている。このままではヨーロッパも支援しなくなる可能性が高い。

 しかも、バイデンですら、ウクライナをこれまでどおりに支援するとは限りません。今、アメリカは盟友のイスラエルを冷遇し始めています。パレスチナの民間人があれだけ殺りくされているので、世論がイスラエル支援を許さなくなっているからです。同様に、ウクライナ支援をやめれば票が取れると踏めば、バイデンはウクライナ支援もしぶり始めるでしょう。

ブレグジット、イスラエルのガザ侵攻……
「ポピュリズム」はなぜ危険なのか?

田原 ウクライナ戦争に関しては、多くの日本人はロシアが悪いと考えています。一方で、イスラエルと、パレスチナのイスラム組織・ハマスの戦争に関しては、どちらが悪いか判断ができないという人が多いように見受けられます。

舛添 イスラエルとハマスの問題は、どちらが悪いかなどという二元論で語ることはできませんが、ウクライナ戦争と同じ論理でいえば、今回に関しては攻めてきたのはハマスなので、ハマスが悪いということになるでしょう。

田原 ハマス側からすると、イスラエルに追い詰められた結果、攻撃せざるを得なかったという見方もできます。

舛添 私はハマスに対して批判的な見方をしています。というのも、あれだけの地下トンネルをつくれるのであれば、なぜ、パレスチナの民衆に対する福利厚生に資金を投じないのか。ガザを統治しているのであれば、民衆のために病院や学校をつくるべきではないか。それをしないでイスラエルに攻撃を仕掛けているという点は、ハマスが責められるべきだと考えています。

 片や、ヨルダン西岸を支配するパレスチナ自治政府のアッバス議長のほうは、汚職を重ねて20年居座っています。アッバス議長とハマスなら、パレスチナの民衆の7割はハマスを選ぶでしょう。イスラエルはハマスを壊滅させるまで戦うつもりですが、仮に戦争が終結しても、戦後の統治をどうするのか。アッバスに託すのも適切だとは思えません。

田原 第一次世界大戦で、大国の思惑に引き裂かれ、以来、パレスチナは世界の犠牲になってきました。なぜバイデンは、イスラエルの戦争をやめさせることができないのでしょうか。

舛添 アメリカの人口の4分の1は福音派であり、福音派は、ユダヤ人はエルサレムに国家を建設すべきだと考えているからです。福音派の反発を招いては選挙に勝てないという事情があります。トランプも大統領の時、福音派を意識して、イスラエルのアメリカ大使館を、テルアビブからエルサレムへと移しました。

 私は若い頃、福音派が経営するアメリカ東部の私立大学で教えたことがあります。彼らは、旧約聖書と新約聖書に忠実に生きています。私が「滞在する部屋の鍵をください」と、部屋の管理者に言ったら、「神様が見ているのに、泥棒をする人はいません」と鍵をもらえなかったほどです。車にさえ鍵をかけない。そして、実際、その地域では盗難は起こらないのです。

田原 それは一部地域の話ですよね。

舛添 自分たちのいる田舎が本来の「良き人々のアメリカだ」というのが、福音派の主張なのです。たしかにユダヤ人のロビー力が強く、イスラエルへの支援が続いているともいえますが、それだけならあそこまでアメリカはイスラエルに肩入れしません。やはり福音派の影響が相当、大きいのです。

 こういう話をすると、選挙の票の獲得のためにウクライナやガザの命運が決まるとは何ごとか、有権者の顔色をうかがわなければならないことこそが民主主義の弱みではないかと、暗たんとした気持ちになります。

 共産主義やナチズムが理想的な政治形態とは思いませんが、民主主義のポピュリズムは、同じくらい恐ろしい。新著でも「民主主義の墓掘り人がポピュリズムだ」と書きました。

田原 ポピュリズムはどこが危険なのですか。

舛添 たとえば、ポピュリズムが後押ししたイギリスのEU離脱(ブレグジット)(※)です。イギリスはいざ離脱してみたら、それが失敗だったと気づいた。
※イギリスは2016年6月の国民投票にてEU離脱が決定。2020年1月にEUを離脱した

田原 EUに加盟していると移民を受け入れなければならず、イギリス国内の失業者が増えるから離脱したのではなかったのでしょうか。

舛添 それもまた選挙の票の獲得のためです。イギリスには、東欧からの移民が多かったのですが、今は働き手がいなくなってしまい、困ってます。私はイギリスのボリス・ジョンソン元首相(※)と交流がありますが、彼は典型的なポピュリストです。首相になる前、「(国民投票によって決定した)EU離脱についてどう思うか」と聞いてみたら、彼は「さほど関心はない。EU離脱といえば票が取れるんだ」と。自身の政治キャリアのためにEU離脱を掲げ、実際、多くの票を獲得して首相になりました。
※2019年、ブレグジットの遂行を掲げて総選挙に勝利。首相の在任期間は2019〜2022年

田原 そんないい加減なことでいいのでしょうか。

舛添 これがポピュリズムの恐ろしいところです。ウクライナもガザも、為政者の人気取りで命運が左右されてしまう。政治の最終的な決定権を持つ人を、ポピュリズムで決めるということは、非常に危険なことなんです。