それによって、事態は大きく変わった。ジャックがトラックに乗っている日中の時間に、彼女がやるべきことを全部やってくれる。EC専属の担当者なので、お客さんへの対応も早いし、商品の登録もどんどん進む。売上がどんどん上がっていった。

 その時、気づいた。「売上が100万円を超えたら人を雇おう」という考え方ではなく「売上が100万円を超えるように人を雇おう」と考えなくてはいけなかったのだ。この時の後悔は今も忘れない。リクルート時代にさんざん営業トークで言っていた言葉を思い出した。

「採用はコストじゃなくて投資ですよ」

 それからは積極的に人材の採用を進め、売上もそれに連れて伸びていった。ちなみに最初に手伝ってくれた女性社員は、2回の産休をはさんで今も大都で働いている。

 次第に増えていくECの売上とは逆に、問屋業での数字は厳しくなる一方だった。会社は、「5人乗りのボートに15人が乗っている状況」だった。このままだと、間違いなく沈没する。折しも二人目の子どもが生まれたタイミング。

「このまま何もしなければ、自分たち家族も含めて社員全員が路頭に迷ってしまう」

 ジャックは、廃業を真剣に考えるようになった。

 廃業するにもお金がかかる。顧問税理士と、シミュレーションをした。建物や在庫、売掛・買掛などの全てを処分して整理したらどうなるか。ある日、「やめるタイミングは今しかない」と税理士から連絡が入り、先代に廃業の意思を伝えた。

「申し訳ないけど廃業させてほしい。万策尽きた」

 その時、先代は、こう言った。

「何をやってくれてもいい。でも、会社だけは残してくれ」

 ここで生まれ育って80数年、会社がなくなったら、近所を堂々と歩けなくなる。そう切々と語る先代の気持ちを無視はできない。ジャックは、こう答えた。

「わかりました。もう1年だけ、頑張ってみます」

 そして、社員の前でこう宣言した。

「今、会社は大赤字です。この1年頑張って黒字にできなければ、会社は解散せざるをえない。その時は皆さんには退職金を払って辞めてもらいます。そうならないように、なんとかみんなで窮地を乗り越えよう!」

 2006年、ジャックが大都に入社して8年が経っていた。

 小説やテレビドラマなら、この言葉に奮起した社員たちと社長が一丸となって会社のピンチを乗り越える劇的な展開となりそうなところだ。しかし、現実はそううまくは運ばなかった――。